僕はずっと裸だった[詳細]
現在も、土方 巽と恋愛しています。

私が産まれた、立った、
その時点にこだわり、とどまることは
「成長」とは称べないものらしい。
「私」とは別の生命の蠢きが、からだの内に棲んでいる。
無意識のうちに私の少年期は、
このことに魅かれて時が流れていったように思うのです。
つまり、成長を人生の目的としないオトナ、もっとカラダに成るヒト。
他者から名づけられない人になりたかったのかも知れない。
------本書011「もっとカラダに成る」より
■目次より |
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I………………………………………………………………………………
001 無意識の踊り002 私のこども
003 感覚の海の中へ
004 失速・微速・変速
005 何もかもが動いている
006 からだの中のこころ
007 恥にも深さが
008 裸と性の距離
009 裸体という衣裳
010 ヒトが立ったのだ
011 もっとカラダに成る
012 目の中に屍体がある
013 父は警官が嫌いだった
014 判断できない深み
015 隠れん坊は生死の学習
016 目をつむり、立つ
017 私の外国はパリから始まった
018 二十年のギザギザ
019 裸体から雨カッパに着換える
020 青春を完結しない意志
021 感情のエコロジー
022 踊りが感情?
023 からだを動かすと何が見える
024 私とからだ、私のからだ
II………………………………………………………………………………
025 土方巽の弟子になる!026 ブトーナンセンス
027 一人の時の真実
028 自分が大事だからか
029 「自分」と「私」のあいだで
030 心の片隅・心の隙間に何がある
031 思い出の南方熊楠先生
032 ヒトノフリミテワガフリナオセ
033 心の片隅にしまった一言
034 親しみの奥の方で
035 泥臭い、ダサイ、悪いか!
036 ちょっとの間、自分を留守にする
037 何の値打ちもないのがおどりです
038 「死」も存在の作法だ、と教わった
039 日干しの鯨じゃ様にならん
040 野の花に声をかけたい
041 再び、踊りなんて金になりません
042 地球に境界線は引けるか
043 「野良」、自意識と精神との谷間
044 お百姓さんありがとうです。
045 命と同じ重さの知識や知恵
046 いのちが型を揺り動かす。
III………………………………………………………………………………
047 我々に風景は踊れるか048 動き続けるから風景なのだ
049 作る・工作することのルーツ
050 根が生えてこそ物になる
051 デレク・ベイリーが聞こえる。
052 時間や場は、自分でつくる?
053 便利はそれほど尊いのか!糞
054 からだの中で育つ大人のために
055 精霊の群れる白州の夏
056 天然・自然が舞台の「春の祭典」
057 古代からの無垢、自然と人間
058 家に棲む自然
059 血は太陽とともにあり
060 雲は空に浮かぶ水の停留所
061 人もまた、移動し留まり、変容する
062 伝統文化は自然の同伴者
063 「自分さがし」とは何のこと!
064 「からだ」よ、脳に服従するなかれ。
065 「生命のダンス」が白州で始まった
066 からだの本当が流行に塗り潰される。
067 白州から敷島へ、桃花村始まる。
068 斜面こそが稽古場・静かな躍動と持続
069 日本中で里山が山里になった。
070 息する者、生きる物、ヒト、人間そして何。
071 恐れや畏れが無くて何の心意気。
072 村に居て異人の来訪を待つ。
IV………………………………………………………………………………
073 「正面」という衣裳について074 「正面」の面(おめん、つら、おもて、むき)
075 背に腹はかえられぬ。む!
076 私はかろうじて立っている哺乳動物。
077 言葉に因らない純粋な感覚そしてイメージ。
078 オシッコの周辺そして人間社会
079 生理現象も社会現象?
080 師匠・土方巽の放尿と自然
081 自分で見えない背後のある正面、という正義
082 「座る」だけでも大事件。
083 始まりで最大で最終の環境、からだ。
084 足の骨の数の多さよ。
085 進化の原動力になれなかったヒトもいる。
086 篩にかけられた生命や物達
087 かろうじて立っていることの充足感
088 僕は今でも赤い子供だ。
089 カラダとの時間を生きること。
090 脳の拡大と回転舞踊
091 岡田正人のエゾエノキ
092 野良に出かけてオドリのレッスン
093 土方巽の「性根」をのぞいてみると。
094 道具の変遷と輪廻観
095 時は移り、映り、空ろう。
096 すべて記憶にございます。
097 シロウトには文章もカラダの延長
V………………………………………………………………………………
098 写真と岡田と僕のあひだ。099 リズムの源は地球の回転
100 他人のカラダの中で眼をさます。
101 生きていることへの好奇心こそが
102 シャッター音が聞こえる草叢で
103 緑が空に伸び大地を這う
104 カラダという闇について
105 オドリは道標、古代への生業
106 一瞬の豊かさに誘われて
107 カラダの中でしか生きられない私。
108 顔の奥の方にその人は走り去る。
109 見えるからって何なのさ!
110 誰からも奪われることのないカラダ。
111 見えない物事の話は続く。
112 ちょっと、オドリにさわってみよう。
113 カラダはコトバか?
114 見えているよりもっと見る。
115 時の水平に佇むことの喜び。
116 僕はカラダと生きるカラダモンだ。
117 あられもなくあるとどうだろうか。
118 地図を眺めると喜怒哀楽
119 今回で最終回ではあるのだが、ハテ
対談:杉浦康平+田中 泯
うしろの正面、だれ
■関連図書(表示価格は税別) |
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■関連情報 |
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●2011.11.19 NHKラジオ深夜便に泯さん出演
人気ラジオ番組「ラジオ深夜便」に田中泯さんが出演されます。11/19(土)23:10からのコーナー「人生”私”流」。ぜひご視聴ください。
NHKラジオ第1 11/19(土)23:10〜
ラジオ深夜便
●現代思想2011.11月号 田中泯さんインタビュー
踊りはスピンを始める 身体気象のエコロジー
…踊るように書きたいというのがあるのですね。80年代初頭の工作舎が出していた『遊』という雑誌に半ば無理やり書かされた当時も、文章家になるわけでもないと思っていたし、子供の頃から作文も大嫌いでした。文章を書くということはそれで他人に捕まるということだという被害意識が凄くあって(笑)、それで踊りと一緒なんだと思いたいところが強いのですね。そういった意味では、今度のエッセイ集も文章としての責任を持って書いているつもりは全然ありません。「これは僕の踊りですから、さあ始まります」と序文に書いた通りです。…
2011.10.6 山梨日日新聞 田中泯さんインタビュー
「裸のこころ」で語る踊り 現代の問題 見据えた思索
…1970年代、大がかりな衣装、音楽、装置を要する芸術としての舞踊になじめず、「とにかくゼロから初めてみよう」と、自らの踊りの衣装に「裸」をえらんだ。そして、策を弄さない、飾らない、計略を持たない「裸のこころ」を大事にして、生きている。これがタイトルに込めた思いだ。「自分の考えていることを書くのは恥ずかしいことだし、怖いことでもある。自ら孤独になっていくようなことでもあるかもしれない。ただ自信があるのは、特殊な考え方ではないということ」
●2011.9.16 planBにて初売りサイン会
9/22の一般発売に先駆けて、泯さんの東京拠点、中野・planBでは9/16の公演の後、初売り・サイン会が行われました。詳しくは[こちら]

●2011.5.13 田中泯さん、吉阪隆正賞受賞
建築家の吉阪隆正氏を記念した吉阪隆正賞(日本生活学会主催)の第1回受賞者に田中泯さんが選ばれました。対象業績は、「身体気象言語」から桃花村という場の生成へ。山梨県の過疎地域に、泯さんらが築いた共同体「桃花村」での活動が評価され、2011年5月13日、吉阪隆正賞の授賞式および記念シンポジウムが、早稲田大学理工学部にて開催されました。詳しくは[こちら]

■書評 |
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●週刊金曜日 2011.11.11号
「踊るからだ」の内側を覗き見する
ダンサー・田中泯のもとに「まいどー」と写真家・岡田正人が空気のように現れる。「やあ」と応える田中は岡田のきるシャッター音の瞬間へ「身投げ」するかのように踊る。「俺のオドリは写真に写らない」と言って憚らなかった田中が、「撮る」側の感情と自己の「オドリの気配」を岡田の写真に見た。二人のセッションは岡田が亡くなるまで30年続いた。
岡田の写真と対になって新聞に連載された田中のコラムが収録された本書は、田中曰く、「舞踊論で、オドリ」だ。…[後略] (桃江メロン/作家)
●2011.10.24 日刊ゲンダイ
大河ドラマ「竜馬伝」で吉田東洋を好演し、初のエッセー集を出版した前衛舞踊家 田中泯氏に聞く
…岡田氏の写真に触発されるかのように、「自分の舞踊の衣装に裸体を選んだ」70年代から、山梨県を拠点とした現在の踊りと農業の日々まで、その歩みをたどりながら、真摯に踊りと向き合ってきた魂と思考の遍歴を明かしていく。哲学者のように自らの踊りを深めていくその一言一句は、舞踊を志す人のバイブルになるような啓示に満ちている。
「読んで、踊りについて考えてくれる人がひとりでもいたら、すごくうれしいですね。僕が踊りに執着してきた最大の理由は、踊りはすごいと思っているからです。…」
●新刊紹介サイト「HONZ」 新井文月氏書評
…構成はエッセイ式になっており、トピックスひとつひとつの題名は、踊りを通じての葛藤や幸せ、悩み、世の無常や矛盾などである。だが本書では、田中がそれらに率直に向きあい、ひとつづつ成長していく過程が描かれている。舞踏といえば、少し近寄り難い印象がある人も多いかと思うが、この本は人間が生来もっている悩み、苦悩を乗り越える真摯な姿勢が書かれている。読者は最後まで読み終えた後、きっと人生に対して前向きになれるだろう。−全文はHONZサイトへ>>>
●Web Designing 2011.11月号
−Webに携わる人間がインターネットという仮想世界で世界観を構築するとき、いかにして身体性を持たせるかということが話題になる。田中の踊りは裸体舞踊が原点であり、常に「身体性」がテーマになっているので、本書からさまざまなヒントが見いだせるのではないだろうか。…

