|
029 鼻水の雑学
鼻水の生物学
◎今年の一月にはひどい風邪を引いてしまった。やっと直ったと思ったら、二日後、また別の風邪を引いてしまった。(そしてそれが直ったら、今度は工作舎の階段から転落して、そしてインフルエンザも引いてしまったが、それは別の話。)毎朝、目がさめる時(まあ、僕の場合、それは「毎昼」と言ったほうがいいかも知れない)、まず洟をかまなきゃいけなかった。そして毎日、そのとてつもない量と色が不思議でならなかった。あんな大量の鼻水はいったいどこから来るの?そして、なんであんなに緑色なの?そんな素朴な疑問を抱いたのは僕が最初であるまい、と思って、さっそく調べることにした。インターネットの
Google で "Why is snot green" (「鼻水はどうして緑色なの」)をインプットしてみたら、やっぱり答えが早速出てきた。特に
http://www.newscientist.com/lastword/
というサイトが面白くて、他の「素朴」な疑問にも答えてくれる。「斬首はいたいの?」(おそらく)や「魚はおならするの?」(はい)や今回のテーマにも関係がある「くしゃみする時、なぜ目を閉じるの?」(そうしないと、圧力で目玉が飛び出してしまうから)など。でも鼻水の色に戻ろう。どうも、色は好中球という免疫細胞に含まれているぺルオキシダーゼなどの酵素に大量入っている鉄分よるものらしい。風邪の菌が鼻咽喉に出始めると、好中球が菌を吸い込んで、破壊して、そして廃棄物として出てくる膿はぺルオキシダーゼに入っていた鉄の化合物によって緑色になるという。ちなみに、同じぺルオキシダーゼはなんとわさびにもいっぱい入っている。つまり、わさびの緑色は鼻水の緑色とまったく同じだ!ちょっとつんとくるよね。今度、寿司を食べるとき鼻水を連想しないようにご注意ください。
鼻水の言語学(一)
◎英語などでは基本的に一つの言葉("snot")ですむのに対して、日本語には場所、色、密度などによって、言葉がやたら多いみたい。固まっている「鼻のくそ」、顔にくっ付いている「青っ洟」、そしてまだ液体状態の「鼻水」や「鼻汁」や「洟」などがある。エスキモー達にとって雪がとても重要なものだから、「雪」という言葉に対して17種類(とか)の言葉もあるとよくいわれる(最も、それがデマという説もある)が、日本人にとって、鼻水ってそんなに重要なんだろうか。実は、「青っ洟」という言葉は、この「研究」を始めるまでには聞いたことがなかったが、どうも死語になりかかっているらしい。それは、現象そのもの、つまり青っ洟をたらす子供、がいなくなってしまったからだろう。ティッシュの普及のおかげかもしれないが、それは一概にいいことじゃないという説もある。どうも、青っ洟をたらす子が減った分、アトピーの子が増えたらしい。つまり程よく汚い環境で育つのが身体にいい、というわけ。
鼻水の文学
◎ジェームス・ジョイスが「ユリシーズ」で、アイリッシュ海を "The snotgreen sea. The scrotumtightening
sea." にたとえたことは(少なくとも英文学界では)有名な話。そのところが丸谷才一等の日本語訳(集英社、1996年)では「青っぱな緑の海。きんたまを引き締める海」になっている。それではもちろん色がわかるが、ジョイスが提案しているのは
"a new art colour for our Irish poets" (「わがアイルランドの詩人達のための新しい芸術の色」)なのに、「青っぱな緑」のようなややこしい言葉で喜ぶ日本人の詩人がいっぱいいるとは思えないよね。案の定、Google
でのヒット数はゼロということから窺えるように、実際に誰も使っていないだろう。やっぱり「鼻水色」の方がよかったのではないか!
それに対して、英語の "snotgreen" はある程度ちゃんと使われているみたい。Oxford English Dictionary
でも、ジョイスがその言葉の1922年の発明者として載っているが、そのエントリーの "Snotgreen. See scrotum."
(「青っぱな緑。キンタマ参照。」)もまたすごすぎる。
鼻水の言語学(二)
◎スウェーデン語も英語と同じように基本的に一つの言葉("snor")ですむが、一般的に使われる面白い熟語も色々あるから、いくつかを紹介しよう。たとえば
"snorkråka"
= 「鼻くそのカラス」(固まったやつ、特に処分に困ったやつ)
"snorfana" = 「鼻くその旗」(ハンカチのこと)
"snorbroms" = 「青っ洟ブレーキ」(口髭のこと)
ちなみに、ハンカチの「正式」なスウェーデン語の言葉は "näsduk"。日本語に直訳すると「鼻布巾」になるだけに、本来の役割がはっきりしている。日本ではハンカチがそういう目的にあまり使われていなかったらしいから、日本人は強い違和感を感じるかもしれないが、ヨーロッパではつい最近まで鼻をハンカチでかむのは当たり前だった。家にいるときはトイレットペーパーなども使えたかもしれないが、出かけるときはハンカチをポケットに入れるしかなかった。そしてくしゃみがでそうなときや鼻が詰まっているとき、どんどん緑色になってきたそのハンカチを持ち出すわけ。紙のティッシュが出始めたのは80年代あたりからで、しかも向うでは有料のこと(ティッシュがただで配られるのは多分日本だけ)を考えると、未だに「鼻布巾」を愛用するヨーロッパ人がいっぱいいると思う。
◎でもハンカチがなければ、どうすればいいの?そんなときのマナーの決まりももちろんあった。高校の時、生物学(!)の先生に「ハンカチがなければ、空中に黴菌を発射するのは失礼だから、上着のひじの内側で鼻をかむべし」と教えられた。それはさすがやったことないけど。
鼻水の植物学
◎日本に来たばかりのとき、「ハナミズキ」という植物の存在に驚いた。あんな可愛い花なのに、"snot tree" なんて...鼻水の音楽
Oh, the snot has caked against my pants
It has turned into crystal
(鼻のくそはパンツに固まって
結晶に変わった)
◎そんなとんでもない歌詞を綺麗な声で、しかもまじめそうに歌っているのはアーサー・リーという、Loveという60年代のアメリカのサイケのロックバンドのリーダーだった。曲は彼らの1967年の傑作アルバムの
"Forever Changes" の中の "Live and let live"。アーサー・リーは黒人なのに、かなり「白人くさい」音楽を作っていて、「ロック」や「サイケ」といっても、エレキギターよりもアコースティックギターやオーケストラ―の音の色が濃くて、綺麗で不思議なメロディーラインや創意に富んだ編曲は今でもとても新鮮に聞こえる。他のアーティストや評論系に絶賛されながらも当時ではあまり売れなかったが、絶版になったこともない。なぜかそれほど有名じゃないが、知っている人にとって(僕を含めて)、必ずロックの史上ベスト10に入る。是非聞いて見てください。それにしても、あんな歌詞を書く前に、いったいどんな「風邪薬」を飲んでいたのだろう。
鼻水の言語学(三)
◎鼻水といえばくしゃみ。くしゃみの「発音」が言語によって変わることをご存知でしたか。日本語ではくしゃみの音は「ハクション」になっていているが、それはただの擬声語だけじゃなくて、日本人はくしゃみをすると無意識にちゃんと「ハクション」を言おうとする。英語では
"achoo" になっていて、イギリス人やアメリカ人はやっぱり「ハクション」じゃなくて「アチュー」を言おうとするのだ。「アチ―」の言語もある(フィンランド語はそうらしい)。つまり、くしゃみの音は自然に出る音じゃなくて、他の言葉と同じように覚えるものだ。くしゃみを聞くだけで、人の母国語を当てることが出来きたら、すごいでしょう?
(ヤーン・フォルネル)
|