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073 タクシー・フロム・ヘル 

◎昨年の5月、カンボジアへ行ってきた。カンボジアといえば、ヴェトナム戦争のついでに米軍にめちゃくちゃにされて(映画の「地獄の黙示録」はそこが舞台)から、数十年の内戦や虐殺が続いて、今でも決して政治的に安定とはいえない。地雷もまた恐ろしい数が残っていて、町を歩くと片足や片腕(やその両方)のない人が当たり前のように見かける。内戦は(だいたい)終わったとはいえ、観光の目玉のアンコールワットの町、シエムリアップで泊まっていたホテルの部屋のドアの看板―「部屋に爆発物を持ち込まないでください」、「部屋に銃を持ち込まないでください」、「部屋で麻薬を使用しないでください」、「子供とセックスしないでください」―を見ると、つい最近まではかなりやばかったでしょう。今でも「カルクヤバイ」という感じだが、それもまた魅力のひとつかもしれない。
◎そんなカンボジアではシエムリアップからダイビングもできる港町のシハヌークヴィルへ行きたかった。シハヌークヴィルには空港もあるし、立派なターミナルビルもあるらしいが、なぜかフライトがまったくない。主な交通機関は230キロぐらい離れた首都のプノンペンからのバスだ。いい道路で、4時間、4ドル、と決して悪くないけど、ひとつの大きな問題がある。それはそのバスの出発は基本的に午前中だけだ。朝8時、9時台にはバスはいくつも出るが、最後のは午後1時半ごろで、夕方はバスがまったくない。その理由は後で十二分にわかることになってしまった。
とこらが、僕のシエムリアップからのフライトはプノンペン空港に着くのは午後5時半で、次の日のダイビングに間に合うためにどうしてもその日のうちにシハヌークヴィルへ行きたかった。でもバスがなくても、タクシーはあると聞いていた、前もって予約さえすれば。30ドルという、カンボジアでは大金だが、日本ではガソリン代さえ払えないような金額だから文句なし。普通のタクシーならではね。
◎プノンペン空港のターミナルを出ると、多少のスペルミスの僕の名前が書かれたサインを持ち上げているおじさんがいる。ダイビングショップを経由して予約した運転手さんだ。車はぼろぼろのカローラ(ご存知の通り、日本の中古車はだいたい東南アジアに輸出される)。しかし、シートベルトがない。速度計が壊れている。運転手さんはクメール語しか喋れない。ニコニコはしているけど。本当に大丈夫なんだろうか。
◎最初のほうは遅い午後の斜めの光や夕日で
プノンペンの郊外を走っているときはときどき急ブレーキがかかってもまあまあ面白かった。人が多いが、信号のようなものがまったくなくて、人や牛など突然道路を横断したりする。でもその後は暗くなった。真っ暗だ。車が100キロで飛ばす道路なのに街灯はひとつもない。車こそが少ないが、闇の中に道路際に座ったり歩いたりする人はいっぱいいる。まるで死んでもいいように。ライトのない自転車が走る。ライトのないトラクターも馬車も走る。もちろん反射するものなんかも付いていない。牛や鹿がいる。一回しかクラッシュしなかったのは不思議なほどだ。
◎念のために、だいたい道路の間中に走るが、ときどき急に曲がったり、急ブレーキをかけたりする。数時間の闇の中のジェットコースターみたいに。サントラはずっとカンボジア版の演歌のようなもの。しかも、シートベルトがないから僕は必死にドアを掴んでいる。突然、反対方向から大型トラックが来て、その強いライトのせいで運転手さんが一瞬見えなくなる。トラックにぶつからないように急にハンドルを右に回すと、そこにワラとかなにかが山積みのトレーラ付きのバイクがある! 僕が座っている助手席から10センチのところに。車のサイドミラーが飛んでしまうが、止まらないからバイクのほうはどうなったのか全然わからない。僕が呆気に取られて、運転手さんは苦笑いする。
◎シハヌークヴィルの近くに警察に止められる。それは事故を起こしたからとか、スピード違反だからとか、そいうのじゃなくて、カンボジアの警察はちゃんと給料をもらっていないらしくて、その代わりに勝手にロードブロークを作ったりして通る人からお金を要求するのだ。80円ぐらいだったから、たいした金額じゃないけど、とんでもない制度だよね。そのとき、運転手さんがはじめて外にでて車のダメージを悔しそうにチェックしていた。おそらく、ミラーの修理代は今回のタクシー代より高かったんじゃないかと思う。10時半ごろ、やっとシハヌークヴィルのダイビングショップにたどり着いたら、いきなりオーバーナイトの超ハードなクルーズにサインアップされたことがわかって、2日間を天井160センチの漁船に過ごす羽目になってしまったが、それはまた別の話だ。
(ヤーン・フォルネル)