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083 イン・ザ・プール 

◎人のクセや習慣には妙なものがある。度を越すとビョーキと言われる。遅ればせながら、映画版『イン・ザ・プール』を観て、ちょっと考えた。
◎原作は直木賞作家・奥田英朗の人気作。松尾スズキ演じるトンデモ精神科医のもとには、神経を病んだ奇妙な患者が来る。その1、オダギリジョー扮する持続勃起症、その2、市川実和子の強迫神経症、その3、田辺誠一のプール依存症。1は不満が身体に出てしまった心身症で気の毒な限りだ。だが、2、3は一見、フツーなだけにタチが悪い。
◎2の強迫神経症は、外出すると、戸締まりをしたかな、ガスの火を止めたかな、エアコン消したかな、電気は、と不安になって、駅から引き返してしまう。そうしていつも仕事先にたどり着けない。当然、社会生活に支障をきたして病院に行くことになる。市川実和子ほどでなくても、思い当たる人も多いのではないだろうか。
◎3の田辺誠一は、仕事帰りのひと泳ぎが何よりの楽しみというヤリ手のサラリーマン。なぜそんなノーマルな人がここに出てくるの?といぶかしく思っていると、アクシデントが重なって泳げない日々が続き、次第に行動がヤバくなってくる。クライマックス、彼は制止を振り切ってプールの中へ。
◎映画はカラリとした独特な笑いに包まれながらも、フツーとビョーキの差は紙一重なのかもしれないとギクリとさせられた。
◎そう考えたとき、古い小説を思い出した。別にプールつながりでもないのだが、庄野潤三『プールサイド小景・静物』(新潮文庫)に収められた短編「相客」だ。たしかに「プールサイド小景」も平穏な家庭の不安定さを描くが、「相客」も平凡な二人の人物の妙なクセを語る。
◎一人は弟が食堂で居合わせた「お新香が食べられない」人。「子供の時分からオコウコというやつをよう食べなかった。尋常四年の時にひとりで朝鮮にやられたが、送りに来たおばが船の人にオコウコを出さないように頼んでくれたが、オコウコが出た」と連れに語っていたという。戦後間もない頃の話だ。それだけの会話から、なぜひとりで朝鮮にやられたのだろう、と作者は逡巡する。「ニンジンがいや」「トマトは食べない」など豊かな生活のわがままとは違う。「男の残りの部分の生活を暗示している」ように思われ、「悲しい気持ち」になる。
◎そのエピソードから、もう一人のクセへと展開する。この続きは読んでほしいのだが、切ない読後感に何度も読み返した。何気ないクセから、その人の過去に思いをいたす。ひと昔前の思慮深い考察には、得がたい魅力がある。(岩下祐子)