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ライプニッツ通信II

第15回 長綱啓典氏による国際ライプニッツ会議報告

2016(平成28)年7月18日(月)から7月23日(土)まで、ドイツ連邦共和国ニーダーザクセン州ハノーファーのゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ大学(Gottfried Wilhelm Leibniz Universität)にて、第10回国際ライプニッツ会議(X. Internationaler Leibniz-Kongress)が開催されました。

国際ライプニッツ会議は1966年の第1回以来、5年にほぼ一度、主にハノーファーを会場都市として開催されてきました(2001年のみベルリン工科大学が会場)。本国際会議では、ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz, 1646-1716)の多様な学問業績のみならず、彼の政治的言説や伝記的事柄、さらには直接ライプニッツには関わらない周辺事項までがテーマとなります。5年に一度世界中からライプニッツ研究者が一堂に会するという意味において、本会議はライプニッツ研究のオリンピックとも評することができるでしょう。第5回から第9回までの本国際会議の様子については、酒井潔氏の著書『ライプニッツのモナド論とその射程』(知泉書館、2013年)の第V部「世界のライプニッツ研究」をご参照ください。

2016年はライプニッツの没後300年という記念の年でもあり、また本国際会議が第10回を迎えた節目の年でもあり、今回の国際会議には参加者も大変多く、非常に盛り上がりました。今回の共通テーマとして、「われわれの幸福のために、ということはつまり他人の幸福のために」(“Für unser Glück oder das Glück anderer”)という言葉が掲げられました。プログラムによると、参加人数は356名、全部で367の研究発表がなされました(キャンセルの数は確認していません)。それとは別にオープニングやエンディングなどでも講演が数本ずつなされました。

同じくプログラムによると、実に33の国ないし地域からの参加者が確認されます。開催国であるドイツ連邦共和国からの参加者が最多で、アメリカ合衆国、イタリア共和国、フランス共和国、スペイン、中華人民共和国からの参加者がそれに続きます。アフリカや南米からの参加者も散見され、本国際会議がまさにその名の通り「国際的な」会議であることが知られます。日本については、日本ライプニッツ協会(Societas Leibnitiana Japonica)に所属する11名のライプニッツ研究者が司会や研究発表をされました(うち日本人は9名)。なお、本国際会議の共通語は英語、ドイツ語、フランス語の三か国語となっております。

研究発表はテーマごとに73のセクション(Sektion/Session)に分けられています。7月18日の午後から7月22日の午前一杯、同時並行で複数のセクションが行われます。これら多くのセクションの一つとして、7月20日(水)、日本ライプニッツ協会主催のセクション「理性と公共善―現代世界の技術と倫理の諸危機にライプニッツの「予定調和」の哲学はどのように応え得るであろうか」(Leibniz’ Philosophie der “prästablierten Harmonie”und gegenwärtige Herausforderungen)が開催されました。そのメンバーと発表題目は以下の通りです。

司会/山田弘明(名古屋)
発表1/クレール・フォヴェルグ(モンペリエ)、「啓蒙の世紀におけるライプニッツの予定調和の仮説の受容」(La reception de l’hypothèse leibnizienne de l’harmonie préétablie au siècle des Lumières)
発表2/長綱啓典(東京)、「もうひとつの「最善」―ライプニッツと公共の福祉―」(Das andere “Beste”. Leibniz und das allgemeine Wohl)
発表3/松田毅(神戸)、「エコノミー」の自然と規範―ライプニッツの観点から―」(The Nature and Norms of Economy from the Leibnizian Point of View)
発表4/酒井潔(東京)、「ライプニッツの正義概念」(Leibniz’ Begriff der Gerechtigkeit)
発表5/枝村祥平(金沢)、「ライプニッツ哲学と文化・宗教多元論」(Leibnizian Philosophy and Pluralism of Religion and Culture)
発表6/ポール・ラトー(パリ)、「ライプニッツ的なコスモポリタニズムはあるか」(Y a-t-il un cosmopolitisme leibnizien?)

いずれの発表も現代の倫理上および技術上の危機を直視しながら、そのうえでライプニッツを研究することの意味を問い直す発表であったかと思います。私がカウントしたところでは、のべ20人以上が本セクションに聴講しにきました。この人数は他のセクションに比べて決して少ない人数ではなかったように思います。いずれの発表に対してもフロアから多くの質問がなされ、活発な質疑応答がなされました。また、質疑応答の後には、報告者(長綱)がドイツラジオ文化(Deutschlandradio Kultur)の記者からインタビューを受け、その様子が7月21日(木)に放送されました。その放送は文字化されてインターネットで閲覧することができます。 Europa als Universum der Gelehrten

いずれにしましても、日本ライプニッツ協会主催のセクションに一定の関心が寄せられたことは間違いなく、このセクションの開催を通じて日本のライプニッツ研究の射程やレベルを世界のライプニッツ研究者たちに示すことができたものと思われます。

私が聴講した中で興味深かったセクションとしては、イタリア・ライプニッツ協会(Sodalitas Leibnitiana)主催の「ライプニッツ、マルクス、そしてマルクス主義」(Leibniz, Marx und der Marxismus)を挙げることができます。このようなテーマはこれまでにほとんど見られなかったものですが、19世紀ドイツにおけるライプニッツ受容を考えるときに非常に重要な視点であると思われます。また、スペイン・ライプニッツ協会(Sociedad Española Leibniz)主催の「ライプニッツとヨーロッパ」(Leibniz und Europa I~III)も非常に興味深いものでした。とりわけ、コンチャ・ロルダン氏が提示した、ライプニッツにおける「ヨーロッパ」概念に三つの次元(政治的次元、学問共同体の次元、形而上学の次元)を区別すべきだという着眼点はライプニッツの政治(学)的言説を分析する際に非常に有効なものであるように思われました。

今回、第10回国際ライプニッツ会議に参加して、多くの研究発表を聞きました。そのことを通してこう感じました。ライプニッツを研究することは、過去の遺物を対象化して眺めることではない、むしろライプニッツとは異なる時代と場所に生きている私(たち)自身に、私(たち)自身がどのような前提を自明としながら生きてしまっているのかを照らし出す、いわば「鏡」を提示することなのではないか、と。


日本ライプニッツ協会主催のセクションのメンバー
日本ライプニッツ協会主催のセクションのメンバー(敬称略)
左から山田弘明、酒井潔、クレール・フォヴェルグ、ポール・ラトー、枝村祥平、松田毅、長綱啓典
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『ライプニッツにおける弁神論的思惟の根本動機』(晃洋書房)の著者でもある長綱氏は、第2巻では『法学を学習し教授する新方法』、『普遍学への序言。ユートピア的な島について』、『サン・ピエール師の恒久平和計画にかんする所見』、『哲学者の告白』など、今回の国際会議のテーマにも関連する重要論考の翻訳を担当され、ひきつづき第3巻でも医学・公衆衛生関係の興味深い論考を翻訳されています(十川治江)。







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