工作舎ロゴ 『宇宙の調和』関連情報


日本翻訳出版文化賞表彰式の記念写真
(C)日本翻訳家協会

『宇宙の調和』
 2009年度 日本翻訳出版文化賞 受賞

ケプラー『宇宙の調和(Harmonice Mundi,1619)』の出版に対して、今年度の翻訳出版文化賞(日本翻訳家協会主催)を受賞いたしました。10月27日に行われた表彰式の写真、および講評受賞の辞を再録します。ちなみに写真2列目右から4人目が翻訳者の岸本良彦さん。その隣が小社デザイナー宮城と小沼、前列右端が編集を手掛けた十川。

なお本年度の受賞は
◎翻訳文化賞(翻訳者対象)は『万葉集』のチェコ語訳(アントニーン・V・リーマン)
◎翻訳出版文化賞は、工作舎のほかに
ワインバーグ『がんの生物学』武藤誠・青木正博訳(南江堂)
スタニスラフスキー『俳優の仕事』全3巻 岩田貴・堀江新二ほか訳(未来社)
◎翻訳特別賞(翻訳者・出版社・編集者対象)は 
『古事記』のセルビア語訳(山崎洋、ダニエラ・ヴァーシッチほか)と
平野嘉彦編訳、柴田翔・浅井健二郎訳『カフカ・セレクション』(筑摩書房)

◎日本翻訳家協会・森泉弘次 審査委員の講評

地動説の創唱者として名高いコペルニクス(1473−1543)より100年近 く遅れて生まれた太陽中心的地動説の確立者ケプラー(1571−1630)の主著 の一つ『宇宙の調和』は、これまでわが国では重訳かつ部分訳でしか読めなかったが、このたび科学(思想)史家の岸本氏による浩瀚なラテン語原書の綿密な訳業の刊行(工作舎)によって、われわれは初めてこの科学史上の古典の全容に接することができるようになった。有難いことである。訳者は申すまでもないが、出版不況の折からこの真に価値ある大著を敢えて刊行する決意をされた工作舎の勇気を称えたい。

本書は全五巻からなる一冊本である。特に一、二巻はわたしのような幾何学と和声学の素養のない者にはやや難解という印象を受ける。しかし読み進むうちに、本書の特色であるプラトン哲学、古代末期の新プラトン主義思想、特にその宇宙観、近代科学の嚆矢をなす天体観測と数学に基づく革新的な太陽中心的地動説、および和声理論の融合が、実は、西欧思想史や文学史を通して馴染みの「万物万象照応説」(the universal correspondence of all things)の一位相であることがわかる。すると難解と思われる部分もわりと理解しやすくなり、俄然興味深い近代初頭の「不朽のコスモロジー」(副題)として読めるようになる。

地球温暖化の危機が迫り、それが近代科学の還元主義的、分析偏重的、アトム化(細分化)的傾向の結果ではないかという反省が強まりつつある現在、動・植・鉱物・大気と水・全人類・地球・宇宙が深い倫理的絆で結ばれた運命共同体であることを示唆するケプラーのコスモロジーに触れる意義は少なくないと思う。

不思議なのは、近代への夜明けを告げる科学的な太陽中心的地動説の確立者ケプラーの画期的な主著が、古風なプラトン哲学(前4−5世紀)、および新プラトン主義(3世紀半ば−6世紀)の意匠で構成されていることである。そのことは一見過渡期に生きた創造的人間の仕事に不可避のマイナス要素のように思われるが、注意深く読むと、革新的思想が古代の残渣を重く引きずっているという印象が薄らぎ、あのプラトン哲学および新プラトン主義の太陽中心的世界観が地球を相対化する思想的推進力として、この稀有な科学的天文学の先駆者の内面に働き、コペルニクスの地動説を太陽中心的地動説に進化!?させる動因の一つとなったのではないかと推測させる。歴史的発展の弁証法的性格の一例を垣間見る思いがするのは、わたし一人ではないであろう。

◎受賞の辞:世界天文年の慶事

このたび第45回日本翻訳出版文化賞をヨハネス・ケプラーの『宇宙の調和』に賜り、まことにありがとうございます。

今年はガリレオが望遠鏡で宇宙を観測してから400年ということで世界天文年とされ、さまざまなイベントが行われております。このような年に『宇宙の調和』のような大著の刊行ができ、しかも栄えある賞を頂戴できますこと、感慨もひとしおでございます。 これはひとえに、訳者の岸本先生が長年にわたり着々と困難な翻訳をお進めくださったおかげです。僭越ではございますが、先ほどお預かりした先生宛のメダルをお渡ししたいと存じます。本当にありがとうございました。

審査委員長の平野先生のご紹介にもありましたが、工作舎では、『宇宙の調和』に先立って、ケプラーの処女作『宇宙の神秘』を翻訳刊行しております。それは、今から四半世紀以上前の1982年のことで、その時岸本先生は、大槻真一郎先生との共訳ということでこの仕事に参加されました。その折に、半分は夢物語として、いずれケプラーの主著『宇宙の調和』完訳版も出しましょうとお二人に話しておりました。

岸本先生は本来中国思想がご専攻なのですが、やはり『宇宙の神秘』体験が強烈だったのでしょうか、お一人で着々と翻訳をすすめてくださり、20世紀のうちにひととおり訳し終えてくださいました。21世紀に入り、学術出版はますます厳しくなり、出版点数を絞らざるをえなくなるなか、お待ちいただきつつ推敲を重ねていただき、ようやく刊行できるようになった年が、ちょうど世界天文年として宇宙の話題の賑わう年となりました。

岸本先生にご苦労をおかけしながら、出版社のみが顕彰されるのは、たいへん後ろめたい気がいたします。私どもができる先生への最善・最大の贈物として、今日、ここに集われた皆様の立ち会いのもと、ケプラーがちょうど400年前に上梓した『新天文学』の完訳版も、工作舎から出しましょうと宣言させていただきます。

じつは岸本先生はすでに『新天文学』も訳出されていらっしゃるのですが、『宇宙の調和』のような脱線に富んだ内容と異なり、計算づくしの一著ですので、これまではっきりしたお返事をひかえておりました。ただ『宇宙の調和』にはケプラーの第3法則があるのみで、第1・第2法則は『新天文学』で登場しますので、科学史上、たいへん重要な一著です。これを期に、ケプラーの3大著作の残りの一著『新天文学』完訳版も工作舎から出させていただくことにいたします。

最後に、このたび『宇宙の調和』の刊行とともに『宇宙の神秘』も新装版として復刊いたしました。その2冊のデザインを担当したアートディレクターの宮城とデザイナーの小沼を紹介させていただきます。『宇宙の神秘』の初版は活版印刷でしたが、この間、印刷システムは劇的に変わり、活版印刷時代は現場のベテランの職人さんがしてくださったことも、デザイナーのコンピュータ上でできるというか、しなければならなくなりました。大小さまざまな図版や数表をきれいに収めていくため、二人は訳者とはまた異なる苦労をいたしました。ただいま頂戴した拍手で、十分労は報われたと存じます。『新天文学』もぜひ、このコンビで上梓したいと思います。

出版界は厳しくなる一方で、この先幾多の困難が思い浮かびますが、今回の受賞はそうした困難をも乗り越えようという勇気とエネルギーをもたらしてくださいました。改めて心よりお礼申しあげます。

 

工作舎 代表取締役社長 十川治江







ALL RIGHTS RESERVED. © 工作舎 kousakusha