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ルネサンス・バロックのブックガイド

第8回
トマス・D・カウフマン 『綺想の帝国 ルドルフ二世をめぐる美術と科学

◉斉藤栄一=訳・工作舎・1995年・381頁


『綺想の帝国』

本書の原題を直訳すると、『自然の掌握―ルネサンスの芸術・科学・人文主義の諸相』となる。R・エヴァンズの『魔術の帝国』に刺激を受けた著者は、16世紀後半から17世紀にかけての神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ二世(Rudolf II, 1552-1612)のプラハに代表される、「自然の掌握」というべき宮廷文化を考察する。

この「自然の掌握」が描かれた絵画として著名なのは、宮廷画家ジュゼッペ・アルチンボルド(Giuseppe Arcimboldo, 1527-1593)によるものだろう。さまざまな動植物を組み合わせて肖像画にした《四つの季節》や《四大元素》のシリーズ、そして《ウェルトゥムヌスとしてのルドルフ二世》は、「だまし絵」として有名だが、著者はこれらに皇帝の図像学を見出す(第四章)。その根拠となるのは、これらの絵画が皇帝に献呈されるさいに付された詩である。同時代の芸術家であるフォンテオやコマニーニ、さらにはアルチンボルドが参照したであろう古代ローマの詩人プロペルティウスによって書かれた作品に描かれているように、さまざまな寓意をふくむこれらの絵画は、ハプスブルク家によって神聖ローマ帝国、そして宇宙が永遠に支配されることを表現している。

そうしたハプスブルク家の偉容の表現は、ヨーロッパの宮廷で世界中の事物が集められた「芸術室」(クンストカマー)にも見ることができる(第七章)。プラハの芸術室には、アルチンボルドの絵画と同じように四季や諸元素が描かれており、大きな世界に照応するミクロコスモスが表現されている。目録によると、その所蔵品のなかには魔術や錬金術の素材として使われたものもあった。また、1609年にガリレオが望遠鏡で月を観察したことを聞いた最晩年のルドルフ二世は、すぐに望遠鏡をとり寄せた。宮廷付き占星術師だったケプラー(Johannes Kepler, 1571-1630)はそれを用いてガリレオの観察を確認することができたのである。

 『ルドルフ表』と呼ばれる300頁におよぶ天文表をケプラーが完成させたのは、ルドルフ二世の死後の1627年のことだった。その扉絵にはケプラー自身や過去の天文学者たち、そして学問の神々が配置されるとともに、その最上部には、ハプスブルク家を象徴する鷲が、大きく羽ばたいている。

(住田朋久)


[目次より]
序章 自然の掌握―パラダイムと問題点
第一章 自然の聖別―だまし絵の起源
第二章 影の遠近法―投影理論の歴史
第三章 自然の模倣―デューラーからホフナーゲルへ
第四章 自然の変容―アルチンボルドの宮廷的寓意
補説 アルチンボルドとプロペルティウス
第五章 ルドルフ二世の凱旋門 
第六章 プラハにおける「古代と近代」
第七章 世界の掌握から自然の掌握へ


ジュゼッペ・アルチンボルド《ウェルトゥムヌスとしてのルドルフ二世》
ジュゼッペ・アルチンボルド《ウェルトゥムヌスとしてのルドルフ二世》


[執筆者プロフィール]
住田朋久(すみだ・ともひさ): 出版社勤務。電気通信大学・慶應義塾大学非常勤講師。共訳書に、S・ジャサノフ『法廷に立つ科学』(勁草書房)、S・フラー『知識人として生きる』(青土社)など。おもな関心領域は、科学史・科学論。




◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。




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