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ルネサンス・バロックのブックガイド

第5回
クリストフ・ポンセ
『ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎
 ルネサンスの芸術と知のコスモス、そしてタロット

◉ヒロ・ヒライ=監修、豊岡愛美=訳・勁草書房・2016年・136頁


『ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎』

イタリア・ルネサンスの画家ボッティチェリ(Sandro Botticelli, 1445-1510)の代表作《プリマヴェラ》(春)は、美術史においてもっとも多くの注目を集めてきた作品のひとつだろう。美術史家たちは、この絵画の着想 の典拠を古代ローマの詩人オウィディウスやルクレティウスをはじめとする古典文学のなかに求めてきた。

本書が指摘するのは、タロットとの関連だ。現在では占いに用いられることも多いが、ルネサンス期の貴族の遊び道具だったことはそれほど知られていない。一説によれば、その起源は13世紀のトルコにまで遡るともいわれ、地域や時代によって枚数やデザインの異なる様々な版がつくられてきた。

ここで取り上げられているのは、15世紀初頭にイタリアでその原型が生まれたとされる全22枚の「マルセイユ版タロット」である。そのうちの一枚《恋人》には、「美徳」と「悪徳」を象徴する貞淑な妻と挑発的な娼婦が一人の男性を奪いあう様子が描かれている。彼女たちと《プリマヴェラ》の二人の女性との類似点を挙げ、徳の対立という着想の背景に古代ギリシアの哲学者プラトンの対話篇をラテン語に全訳したフィレンツェの哲学者マルシリオ・フィチーノ(Marsilio Ficino, 1433-1499)の影響があるとするのが本書の主張だ。

そして画面中央の男性こそがこの絵画の依頼主とされるメディチ家のロレンツォ(Lorenzo de’ Medici, 1449-1492)であるという。本書では、芸術のパトロンや詩人としても名を残したこの人物による日本未刊行の『自伝』や『カンツォニエーレ』にある数々のソネットや、中世イタリアの詩人ダンテ(Dante Alighieri, 1265-1321)の諸作品をもとに、メディチ家の当主ロレンツォが二つの徳のどちらをいかに選択したかを考察する。

ボッティチェリにも影響を与えたとされる文人たちが親しんだダンテやボッカッチョ(Giovanni Boccaccio, 1313-1375)、さらに普段目にする機会の少ないフィチーノの友人ポリツィアーノ(Angelo Poliziano, 1454-1494)やランディーノ(Cristoforo Landino, 1424-1498)による作品も収録し、フィレンツェの人文主義サークルについての入門書としても適している。

(豊岡愛美)


[目次より]
第1章 はじめに
第2章 謎の扉をあける鍵
  ヘラクレスの選択
  フィチーノ、そしてピレボスの審判
第3章 《プリマヴェラ》の謎へ
  シモネッタ
  ルクレツィア
  ふたつの森と夜明け
  ロレンツォと二人の恋人
  ゼピュロスとクロリス
  メルクリウスと恩寵の三女神

マルセイユ版タロット《恋人》
マルセイユ版タロット《恋人》


[執筆者プロフィール]
豊岡愛美(とよおか・あみ):勉誠出版編集部。一般書、学術書の編集を手がける。訳書にC・ポンセ『ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎』(勁草書房、2016年)、寄稿に「高見順という時代」(『現代詩手帖』、2016年)など。




◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。




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