工作舎ロゴ

連載読み物 Planetalogue



ルネサンス・バロックのブックガイド

第7回
ヨハネス・ケプラー
『宇宙の神秘』『新天文学』『宇宙の調和』

『宇宙の神秘◉大槻慎一郎・岸本良彦=訳・工作舎・
1982年、新装版 2009年・376頁
『新天文学』◉岸本良彦=訳・工作舎・2013年・688頁
『宇宙の調和』◉岸本良彦=訳・工作舎・2009年・624頁


『宇宙の神秘 新装版』『新天文学』『宇宙の調和』

いま人気のダイアリーを見ると、月の満ち欠けが付記されている。眩しすぎる夜に飽きた現代人は、かえって夜空の月の満ち欠けのリズムに憧憬を感じている。より詳しい星空の年鑑には太陽や月の食、さらに惑星の接近などのデータまでも記載されている。実際、それはただの慰みではなく、GPSのない時代の大海原をゆく航海士たちにとって惑星の位置推算は文字通りの指針であった。

今では何十年、何百年先までも惑星の位置を正確に示すことが可能である。天体の運行は規則的なのだから当然だろうと思うなかれ。そもそも「惑星」(プラネット)が「彷徨うもの」(プラネット)であり、「惑う星」だということを忘れてはならない。太陽や月はまだしも金星や火星は規則的に見えつつも、天空でときおり動きを止め、逆行し、ループを描く。揺れ惑う。

だが、神の作りたもうたこの「宇宙」(コスモス)が気まぐれなはずはない。この世界には「調和」(ハルモニア)が存在するはずだと信じ、格闘した一人の人物がついにその法則を見出した。

その人こそヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler, 1571-1630)、ドイツ出身の数学者、天文学者、占星術師。『宇宙の神秘』 Misterium cosmographium, 『新天文学』 Astronomia nova, 『宇宙の調和』 Harmonice mundi は、彼の主著ともいえるものだ。ケプラーはコペルニクスが提唱した太陽中心説をいち早く支持、さらには惑星の軌道が真円ではなく楕円であること、その速度変化など世にいう「ケプラーの法則」を見出す。これは『新天文学』や『調和』において高らかに表明される。

とこれだけ書けば、ケプラーは近代天文学の英雄であると解釈されそうだ。だが彼の思考は近代科学の宇宙論とは程遠い。たとえば惑星たちが美しい幾何学的な角度をとるとき、それに感応した地球の精神が雨や風を招来するという。地球は生きているのだ。集大成である『調和』では、惑星たちの動きはその距離と速度の比率によって「和声」(ハルモニア)を奏でるという、壮大な「調和」(ハルモニア)に満ちた宇宙像が構築されるのである!

数学、天文学、音楽論が渾然一体となったこれら三巻を読破するのは容易ではないが、そこには現代人が今なお感じる、星空への憧憬と美の感覚を見出せ、僕たちはまた感動を覚えるのである。

(鏡 リュウジ)


[目次より]
『宇宙の神秘』
コペルニクス説の正しい理由とその説の解説
五つの正立体が二種類に分けられる理由および地球が正しく位置づけられている理由
三つの立体が地球のまわりを囲み、残りの二つが中に入る理由
立方体が正立体の第一のもので、最も高所に位置する[二つの]惑星のあいだにくる理由
木星と火星のあいだに正四面体がくる理由

『新天文学』
第1部 仮説の比較について
第2部 古人の説にならった火星の第1の不整について
第3部 第2の不整すなわち太陽もしくは地球の運動の研究 あるいは運動の物理的原因に関する多彩にして深淵な天文学の鍵
第4部 物理的原因と独自の見解による第1の不整の真の尺度の探求
第5部 緯度について

『宇宙の調和』
第1巻 調和比のもとになる正則図形の可知性と作図法から見た起源、等級、相異
第2巻 調和図形の造形性
第3巻 調和比の起源および音楽に関わる事柄の本性と差異
第4巻 地上における星からの光線の調和的配置と気象その他の自然現象を引き起こす作用
第5巻 天体運動の完璧な調和および離心率と軌道半径と公転周期の起源



ケプラーモデル


[執筆者プロフィール]
鏡 リュウジ(かがみ・りゅうじ): 占星術研究家。京都文教大学客員教授。国際基督教大学大学院修了(修士)。さまざまなメディアにおいて占星術、ユング心理学に関する著述で活躍。主な著訳書に『占星術の文化誌』(原書房)、『ユングと占星術』(青土社)など多数。




◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。




ALL RIGHTS RESERVED. © 工作舎 kousakusha