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ルネサンス・バロックのブックガイド

第19回
折井善果
『キリシタン文学における日欧文化比較
 ルイス・デ・グラナダと日本』

教文館・2010年・324頁


『キリシタン文学における日欧文化比較』

「ルネサンス・バロックのガイドブックに、なぜ日本のキリシタンが?」と思われた読者には、まずは本書を手にとられることをお勧めしたい。本書の主題であるキリシタン文学こそ、西洋ルネサンスと日本の精神史を歴史上はじめてダイレクトにつないだ思想的な架け橋だったからである。

その担い手は、「キリシタンの世紀」(1549-c. 1650)の日本に渡来したイエズス会の宣教師たちだった。彼らは日本布教の最初期から「理性(哲学)による宣教」を構想し、かつ実践した。その結果、スコラ哲学に基礎づけられた自然神学(啓示によらず理性によって神の存在を論証する学)のテクストが、つぎつぎと日本語に翻訳され、ヨーロッパから伝来した印刷機によって出版された。なかでも当時もっとも広く読まれたのが、スペインの思想家ルイス・デ・グラナダ(Luis de Granada, 1504-1588)の著作群だった。

本書の第一部では、ルイスの生涯と著作の特徴が詳細にまとめられる。これはこのドミニコ会士の思想とその影響について、現在日本語で読むことができる最良の解説となっている。また第二部では、彼の著作が、構造的にも神学的にもトマス・アクィナスにしたがうことが示される。しかしもっとも強調されるのが、説教者でもあったルイスの文章が、読み手のパトスに訴えかける修辞的な力量を備えていたことである。その独特の抒情性は、訳書のひとつ『ヒイデスの導師』において、神(デウス)を賛美した次の一節からも味わうことができよう――「雲なき夜半の空を見よ。大小おのれが様々なる星の光の輝くあり様、世界に譬へていふべき見物なし。これらの天の飾りはデウスの御力、御美しさなどを顕はすものなり」。

最後に第三部では、ルイスの説くキリスト教思想が、日本の既存の言語や宗教(とくに浄土真宗)に依拠しつつ、ときにそれを借用・援用するかたちで翻訳されたことが示される。キリシタン時代の翻訳者らは、「他力」や「応報」など仏教を想起させる用語も駆使しつつ、カトリックの教義や世界観をみずからの言語世界に紡ぎ直したのだった。

本書はキリシタン文学が翻訳文学であることのみならず、東西の言語・宗教・思想を横断するインテレクチュアル・ヒストリーの対象でもあることを見事に示している。日欧のはじめての出会いが生みだした芳醇な思想空間をご堪能いただきたい。

(平岡隆二)


[目次より]
第一部 ルイス・デ・グラナダ
 第一章 一六世紀スペインにおけるルイスの著作
 第二章 宣教地に流布したルイスの著作
第二部 日本で支持された理由
 第一章 説教本としてのルイスの著作
 第二章 キリシタン文学における修徳思想
第三部 キリシタン文学における異言語・異文化接触
 第一章 キリシタン教義における応報の問題
 第二章 キリシタン文学における「報謝」の概念
 第三章 キリシタン文学における「自然(じねん)」

ルイス・デ・グラナダ肖像画
ルイス・デ・グラナダ肖像画


[執筆者プロフィール]
平岡隆二(ひらおか・りゅうじ) :科学史、東西交流史。熊本県立大学准教授。おもな著作に、『南蛮系宇宙論の原典的研究』(花書院)。おもな関心領域は、西欧宇宙論とその日本への伝搬。



◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。




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