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廃棄の文化誌[詳細]

目次 著者紹介関連図書書評


ゴミ捨て場イメージ

モノ・人間・都市
都市建築家 ケヴィン・リンチの21世紀への提言

増えつづけるゴミの山、核廃棄物、
ヴァンダリズム(破壊行為)、老化、死……
廃棄や衰退にはマイナスイメージがつきまとう。
だがゴミもリサイクルすれば資源に変わり
アンティークやゴミアートとなれば
新たな価値を生む。

自然の循環、
生命活動の循環に思いを馳せれば
廃棄が不可欠なプロセスであることも見えてくる。
モノ、人間、都市───廃棄のイメージを総合的に探り
廃棄や衰退プロセスを上手に取りこんだ
ライフスタイルと都市デザインを提案する。



■目次より

編者による序
プロローグ
□ 変化の暗い側面
□ ファンタジー
□ 廃棄のカコトピア▽ゴミまみれの悪夢
□ 廃棄のないカコトピア▽ゴミも無駄もない悪夢

第1章 病的で不浄な思考
□ 廃棄をめぐる言葉▽否定的イメージ、豊富なスラング
□ 二元論▽ゴミは二元論的思考を危うくする
□ 聖なる廃棄▽不潔なモノにひそむ力「マナ」
□ 階級と不浄▽掃除を社会の底辺に置き去りにした問題
□ 個人的浄化と儀式的浄化▽「清め」の行為はストレスにも楽しい儀式ともなりうる
□ ガラクタ、アンティーク、遺物▽古くても魅力的なモノたち、ガラクタ芸術の可能性
□ 放棄された場所▽自由と危険の混在した管理からの解放区
□ 消費▽楽しいけれど嘆かわしいこと
□ 排泄▽恥ずかしいけれど楽しいこと
□ 廃棄の喜び▽モノの破壊、衝突レース、焚火の楽しみ
□ 見捨てられた人びと▽規則の外側に暮らす自由生活者たち
□ 死▽都市と宗教の原点としての死のドラマを見つめなおす
□ 新しい態度▽連続する流れや両義性を受けいれる

第2章 モノの廃棄
□ 自然界における廃棄▽死と再生をくり返すエコロジカル・システム
□ 不潔な都市▽下水システムが普及するまでのテームズ河
□ 現代の投棄▽清潔な都市から遠ざけられるゴミ
□ 排水のリサイクル▽空気の浄化は水よりもさらに難しい
□ 固形廃棄物▽生態系に戻せないゴミ
□ 投棄▽捨てるマナーの低下
□ 軽蔑される仕事▽回収作業員にのしかかる負担
□ 散乱▽居住者による自主管理がポイ捨ても減らす
□ 埋立▽安くて便利な処理法だが、自然の湿原は破壊される
□ コンポスト▽かけがえのない資源、土への心くばり
□ エネルギーと廃棄▽ゴミ処理施設のプラスとマイナス
□ リサイクル市場▽価格の安定しない不安とうまみ
□ 身体のリサイクル▽カニバリズム、臓器移植、医療用中絶胎児、解剖用死体
□ 埋葬▽日本の墓事情
□ 回収業▽アメリカの黄金時代、ジプシー、蟻の街
□ 廃棄物の循環▽再利用、再製作の可能性
□ 危険な廃棄物▽つきまとう不安、増える一方の放射性廃棄物
□ 廃棄の考古学▽研究資料としてのゴミ
□ 廃棄の流れ▽修理しやすくデザインする

第3章 場所の廃棄
□ 自然界の循環▽超新星の爆発、造山運動、浸食作用 □ 人為的な場所の廃棄▽遷都
□ 解体業者と回収業者▽建物の解体仕様書の必要
□ 資材の救出▽リサイクル材料の古い艶
□ 時間の刻印▽風化による味わい
□ ヴァンダリズム(破壊行為)▽気分を高揚させる誘惑
□ 住宅の放棄▽住まいのリサイクルのための公共政策
□ 都市の衰退▽都市と人のライフサイクル
□ 遺棄▽工場跡地の再利用
□ 放棄された輸送施設▽遊歩道、自転車道など転用自在
□ 偉大なる廃棄者(浪費家)▽傲慢な死者が残した豊かな土地
□ 遺棄された土地に関する規制▽経済と環境を両にらみする
□ 遷移による廃棄物▽風景の変化が生みだすもの □ マオリ族▽場所・人・モノの激しい新陳代謝
□ ネゲヴ▽パレスティナの乾燥地帯のケース
□ 都市の定常性▽廃墟と化す都市は意外に少ない
□ 災難と社会変化▽事故・病気・流言
□ 荒廃の不公正▽災害再建に便乗する輩
□ 廃棄物となるその他の場所▽憩いの場としての共同墓地
□ 都市の野原▽固有の美しさの宿る場所
□ もつれた混合物▽ポジティブに廃棄を見つめられるか

第4章 廃棄を眺める
超新星爆発から都市のリサイクル、ゴミアートまでをビジュアル紹介

第5章 それでは廃棄とは何か
□ 定義▽wasteとwastefulの意味の広がり
□ マルクス主義者の分析▽過食症に向かう資本主義社会
□ 浪費▽クワキウトル族の劇的な散財
□ 衰退▽価値や活力の減衰
□ 時間▽人生や人格の廃棄
□ 使用済みのもの▽リサイクル・システムの今後の課題
□ 廃棄された土地▽夢と探検と成長の場所
□ 喪失と廃棄▽新旧パターンの詩的な出会い
□ 廃棄の愉しみ▽破壊、消費、墜落、浄化、排泄の魅力
□ 廃棄と廃棄に溢れていること▽行動とイメージの再調整に向けて
□ 発展的な廃棄▽失われゆくものの価値の再考
□ 情報の廃棄▽知の体系を生かす
□ エネルギーの廃棄▽慎重にすべき将来への配慮
□ 健全性▽警告サインのない危険物を見きわめる
□ 可逆性と開放性▽次代への連続性に託す
□ 経済学上の廃棄▽時と場所によってゆらぐ経済性や効率
□ 知覚される廃棄▽心の変革がもたらす展望
□ 廃棄の規範▽生命を全体として理解する

第6章 上手に廃棄する
□ 地域の成長と衰退▽アメリカにおける公共政策の結果
□ 衰退の管理▽さまざまな対処法を見る
□ 変化の中の連続性▽記録の保存と破壊
□ 地質学的な廃棄▽ナイアガラ瀑布の岩床浸食
□ 衰弱のガイドライン▽都市の織物を風合い豊かにするために
□ 再利用▽駐車場ビル、高速道路、空港、地下鉄、高層ビルのリサイクル法
□ 郊外の再生▽ライフスタイルの多様化を奨励する
□ 自動車の放棄▽難しいけれど一考に値すること
□ リサイクル▽まず消費原料を減らそう
□ 廃棄の可能性▽新製品には投棄計画も要求する □ 最適な割合▽廃棄制限という非常事態制限
□ 屑への態度▽ゴミに興味をもつために
□ ゴミに対する報奨金▽罰則よりも効果的?
□ 耐久性とはかなさ▽モノの寿命を考慮してデザインする
□ 将来の再生▽ゴミも分別してまとめておけば、未来の鉱脈になる?
□ 非リサイクル▽永久に封印したい危険物質
□ 儀式と祝祭▽モノ・場所・文化との別れの演出
□ 廃棄術▽祝い火、祝宴、ガラクタ芸術、仮装行列の高揚感
□ 時間の廃棄(浪費・無駄)▽損得なしの夢中になれる喜び
□ 人生の廃棄(浪費・消耗)▽難民キャンプ、強制収容所
□ 廃棄物による芸術▽愉快なオブジェたち
□ 廃棄を学習する▽生命の連続性に心をひらく

補遺A 廃棄物について話す
21人へのインタビュー
□ 廃棄物の意味□最悪の廃棄物□良い廃棄物□子供時代の記憶□廃棄の歴史□廃棄物の将来□廃棄物にまつわる最近の経験□ゴミさらい□廃棄物の収集□価値のある廃棄物□モノを取り除く□喪失の意識□永遠の損失□衰弱する地域□廃墟□再利用の楽しさと問題点□破壊□廃棄物のイメージ□廃棄物はさけられないものか□モノ、生命、時間の廃棄(浪費)□要約□廃棄と損失についてのインタビュー-----19の質問項目

補遺B 編集の手法
ケヴィン・リンチの最終原稿の足跡

編者による注
参考文献
訳者あとがき
著者・訳者紹介



■著者紹介:ケヴィン・リンチ Kevin Lynch

1918年シカゴ生まれ。イェール大学卒業。タリアセンにてフランク・ロイド・ライトに師事する。レンセレーア工芸研究所、グレンズボロー都市計画局を経て、マサチューセッツ工科大学で都市計画を専攻し学位取得。1948年から同校にて教鞭をとる。78年以降は同校名誉教授、カー・リンチ・アソシエイツ主宰。1984年永眠。邦訳著書に『都市のイメージ』(岩波書店)、『居住環境の計画』(彰国社)などがある。




■関連図書(表示価格は税別)

  • 摩天楼とアメリカの欲望    トーマス・ファン・レーウェン 3800円
  • クリストファー・アレグザンダー  S.グラボー 3689円
  • 空間に恋して  象設計集団=編著 4800円
  • ガイアの時代  J・ラヴロック 2330円
  • 自然をとり戻す人間 ジャン=マリー・ペルト 2800円



  • ■書評

    山形浩生氏 (『CUT』 1995年4月号)
    「ゴミ、廃棄物、廃屋、インナーシティ問題(高所得層が郊外に移転し、都心部に低所得層だけが残された結果、都心部が荒廃する現象)など、都市における広い意味での「捨てる」行為や「無駄」に関わるほとんどすべてを網羅している。エコロジスト的警世とリサイクルのすすめでもなければ、こうすればゴミ問題はすべて解決といった清潔礼賛の書でもない。市場がすべてを解決するからそんなものは考えなくていい、といった現状追認の書でもない。強いていうなら、これらの間でどうバランスをとるべきか、という本である。さらに、時にはゴミや無駄が人間にとって快いものであることまできちんと認識され、評価されている。リンチの面目躍如である。(中略)
    いまから10年たっても、だれかがこの本を手に取り、そして何かを学ぶだろう。」

    津野海太郎氏(『週刊朝日』1994年4月15日)
    「ケヴィン・リンチは1950年代、ボストン中心部の古い都市構造を近代的なビルにおきかえようとする計画に反対し、古い建物を改修して気持ちのいい空間に再生させた高名な都市計画家である。モノも人間も都市もかならず変化し、おとろえる。だとすれば〈私たちは衰退のうちに喜びを見いだす術を学ばねばならない〉──この考え方が、かれの遺稿となった本書にもつらぬかれている。
     世界はゴミ溜め化しつつある。だからこそゴミを愛し、廃棄が好ましく感じられる工夫をこらそうではないか。
     そう口でいうだけではなく、かれは実際に、〈上手な廃棄のしかた〉にかんする自分なりの工夫をつぎつぎに述べていく。使われなくなったミサイルのサイロにだって未来はあるのだ。ときに奇抜なかれのアイディアを読むうちに、いつのまにか、〈ふーん、ゴミや廃墟も捨てたものではないな〉と思わされている。へんてこな本である。へんてこだが、説得力がある。ぐうたらおやじを〈粗大ゴミ〉などといってはいけない」。

    田中三彦氏 (『読売新聞』1994年3月28日)
    「冒頭の数ページに記された対極的な〈二つのファンタジー〉は示唆的である。一つは、高度な技術と莫大なエネルギー投入、厳密な管理によって廃棄をやりくりしていく〈廃棄に満ちた世界〉、もう一つは〈廃棄のない世界〉だ。著者は〈どちらも悪夢〉と断じる。が、われわれが今日それらを本当に悪夢と認識しているかどうかは疑わしい。いまなおそのいずれかを理想として追い求めているふしがある。
    〈廃棄の滑らかな流れを保ち、文化的情報の急激な損失、単純な最小化を避け、廃棄を楽しむ〉という亡き著者の視点はじつに重要だ」。

    柏木博氏(『朝日新聞』1994年3月6日)
    「廃棄は生命系のいたる所に浸透している過程であり、人間の社会にも浸透している。廃棄はわたしたちを運ぶ根本的流動の特徴であるとリンチはいう。ひとことでいえば、リンチは、循環することを終えた一切のものを廃棄物として捉える。つまり、生きていることの必然的結果として廃棄を位置づける。流れが直線的なものか循環的なものであるかは状況に支配される。連続性という概念で捉えるなら廃棄は活用されるというわけである。
     わたしたちは、もっと廃棄という現象に学ぶべきであり、また、回収もふくめて無理のない上手な廃棄(死)を模索すべきだと提案している」。




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