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宇宙を叩く

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*メールマガジン「[本]のメルマガ vol.190.5」(2004.09.28.発行)にて掲載された記事を転載いたします。


『宇宙を叩く』—編集後記



■ただいま、藍焼き

9月後半、印刷用のフィルムからの青焼き(杉浦さんは「アイヤキ」と言う)を手にする。アオかアイか、たしかに青というより藍色だ。

杉浦さんは、東京芸大建築学科の出身(1955年卒)。思うに、当時の学生が描きだす建築設計図面というのは端正で、個性豊かなものだったのではないだろうか。また設計図の藍焼きからは、鮮やかなラインや整った文字とともに、現像された感光紙の温度や湿り気、匂いが伝わり、その感触が手の中に残ったのではないだろうか。以前はもっとずっと藍色だった気がする。今、印刷プロセスからは、製版フィルムとともに藍焼きもなくなりつつある。

杉浦さんの万物照応劇場シリーズの5冊目、『宇宙を叩く』も、とうとう著者やデザイナーや編集者の手を離れ、印刷・製本会社の技術に託す時がきた。製版現場から届いたばかりの藍焼きを点検し、印刷前の最後の文字修正を印刷会社の人に伝える。間違いのないようにFAXを送り、電話で確認。

「その2個所だけです」と言い、「わかりました」と返事を聞いたものの、すぐに電話を切ることができない。まだ何か、見逃してはいないか。システム上の問題が生じないとも限らない。

杉浦さんが火焔太鼓に出会ってから50年、その意匠にこだわり、考察をまとめ、記しはじめてから20年。杉浦事務所のデザイナー佐藤篤司さんたちが、一冊の本に向かって組み立てたページを受けとった時点からの当方の1年とは較べものにならない。

そうこうするうちに時は過ぎ、『宇宙を叩く』もいよいよ臨月。順調なら予定日まであと2週間足らず、どうか無事に生まれますように。

万物照応劇場の名にふさわしく、多くの図像が300ページ余の本文に舞い降り、棲み込む。DTPソフト「インデザイン」を操作したのは、杉浦事務所の島田薫さん。華奢な身体に無理はないのかと心配だったが、その指先を奇麗に彩るネイルアートを見ると、妙に安心できて気が晴れる。

■混沌の渦中から

初めて杉浦さんにお会いしたのは、もう30年以上も前のこと。当時の工作舎で「遊」の編集長だった松岡正剛さんの「会ってきなさい」の言葉にポンと背中を押されて、渋谷の杉浦事務所を訪ねた。「写真」を勉強し始めた、まだ半分は学生の頃だった。

よく憶えているのは、『遊』9-10号(1976-77年)の頃。杉浦さんによる表紙デザインのために、図像を集める担当だった。その図像というのは、ピタゴラスからマンディアルグまで、この号の特集「存在と精神の系譜」の登場人物の肖像画とか顔写真。それらが切り刻まれて、新たに顔がコラージュされていく。右半分がエルンスト・マッハの顔で左半分はハイデガーなどといった具合に、奇怪な顔がつぎつぎできあがる。

表紙イメージがじょじょに見えはじめたある日、「こんな髭があるといいんだけどね」と、杉浦さんから直接指示を聞いた。

ダリのように跳ねあがっているけれど、ダリのようではない。それでいてクルックスほど電気的じゃなく・・・、なんてことだったか、詳細は憶えていないが、自分なりに理解すると広尾の都立図書館へまっしぐら。イメージする髭を求めて膨大な蔵書を探索するのは、無鉄砲で際限がなく、だからこそ意外な発見もあって、面白かった。

こんなふうに杉浦さんとの仕事では、いつも大草原に放りだされるような気がした。今もそれは変わらない。ただ当時と較べると、大草原を走りまわるこちらのスピードとか体力の低下はいなめず、そのあたりが我ながらふがいない。

「あの頃は、頭がマーボー豆腐みたいだったんじゃないか」

と笑いながら杉浦さんに言われたことがある。あの頃というのが「遊」の時代、無我夢中だった10年間のことだ。

中国4000年の食文化には失礼かもしれないが、次から次へ未知のテーマに挑んだ徹夜の連続だった頭の中は、まさにマーボー豆腐のようにぐちゃぐちゃ、いや混沌としていた。

■目からウロコ

数年前、ある美術館の企画で曼荼羅をテーマに講演されたことがあった。杉浦さんがブックデザインを手掛けられた『伝真言院両界曼荼羅』の二巻を示しながらの講演だった。終わって質問コーナーへ移り、しばらくした時だった。一人のご婦人が、手を挙げてすっと立ち上がり言った。

「今日はとてもよいお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。帰り道はきっときれいな星空を眺めながら歩くことができると思います」

杉浦さんの張りのある声や凛とした姿、準備された映像とともに展開する講演内容は明解で興味深く、その充実度はピカイチ。それこそ目からウロコが落ちる。

さっきのご婦人は、きょうは晴れて星空がきれいだからではなく、自分の目がそのように夜空を見るでしょう、と言ったのだ。

『宇宙を叩く』は2003年に名古屋で開催された世界デザイン会議での基調講演のテーマだった。本の出版とともに再び講演をとの依頼があるので、実現すればさらに磨きがかかっているはず。

再開する青山ブックセンター六本木店では、「杉浦康平の造本世界」と題してブックフェアが組まれ、そこにピカピカの新刊として迎え入れてくれるという。ギンザ・グラフィック・ギャラリー「疾風迅雷 杉浦康平 雑誌デザインの半世紀展」(10/5-30)の開催とは、ほぼ同時期の発売となるため、ここでもお披露目いただけそう。

「いろいろ応援してもらえそうだし、1日でも早くできあがった方がいいからね」と杉浦さんの電話の声。その翌日、9月22日の朝、書店に平積みされた『宇宙を叩く』をイメージされたのだろう、いったんはマット箔としたものの、表紙のキラキラがより映えるようにと、「ツヤ箔」に変更することが決まった。

2004年9月末  編集部 田辺澄江






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