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『鳥たちの舞うとき』の舞台が今…

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『鳥たちの舞うとき』の舞台・八ッ場ダム

ダム建設にゆれる天楽谷が舞台『鳥たちの舞うとき』。そのモデル地とされる八ッ場(やんば)ダムもまた、ダム建設反対運動が正念場を迎えています。(2004年夏)

全国トップ規模の巨大ダム計画
群馬県長野原町に建設中の八ッ場ダムは、首都圏の都市用水の供給を主目的に50年前に計画された多目的ダム。2003年末には事業費が2110億円から4600億円に増額され、総額は9000億円になるとも噂されています。この事業費は、国税だけでなく東京・埼玉・千葉・茨城・群馬・栃木の一都五県の負担金および水道料金として、住民に重くのしかかることになります。

高木さんが小説に託した夢を現実を変える力に
2000年夏の『鳥たちの舞うとき』編集時には、舞台にしたモデル地域があることは 高木さんに聞いていたものの、「ガンで余命数か月」の限られた時間では具体的な地名を聞く機会がありませんでした。

2004年になって高木久仁子さんが首都圏で盛り上がる八ッ場ダム反対などの記事を見て「小説のモデルになったとも思われる」と明かしてくださいました。

そのことを前橋市「八ッ場ダムを考える会」の渡邊洋子さんにお伝えしたところ、即座に久仁子さんにインタビューを申し込み、久仁子さんが8月17日に現地に泊まり、渡邊さんらと今後の協力について相談しました。高木仁三郎さんの5回忌を迎える節目の年に、小説がいよいよ現実を変える力をバックアップしはじめました。

「八ッ場ダムを考える会」はこちら>>>  https://www.yamba-net.org/

八ッ場周辺を舞う鳥

(c)八ッ場ダムを考える会

高木久仁子さんの「八ッ場ダム」現地レポート

八ツ場ダムを考える会」の渡邊さん、西岡さんに車で案内していただき、8月17日から18日にかけて現地を見てきました。仁さんと川原湯温泉を訪ねたのは1995年10月でした。今は亡き萩原好夫さんに招かれ養寿館に一泊しましたが、養寿館は既に立ち退いて無くなっておりました。山の高い所を削って造成工事が行われ、家が立ち退いた跡がぽつぽつと更地になっていました。

お昼に川原湯温泉駅に着き、案内されたのが川原湯温泉街の中ほどにある蕎麦屋で、入ると奥のテーブルの上にひまわりの種が点々を置いてあります。何かといぶかしく思っていると外からヤマガラが入って来てちょんちょんとつつき良さそうな種を選んでくわえて飛んでいくのです。ヤマガラ、エガラ、ヒガラなども来るとのこと。思わず楽しくなってしまいました。そういえば前にはこの辺でムササビをみたっけ。

吾妻渓谷

吾妻渓谷 (c)八ッ場ダムを考える会

実際にダム反対のコンサートを開いた梅林を見てと案内された所がなんと見覚えのある場所だったのです。仁さんと二人で散歩中にアイスクリームを食べベンチで休憩したのが豊田乳業という所で、その経営者はダム反対の方とのこと。当時はそうとは存じませんでしたが、今回は会ってお話を聞くことが出来ました。宿泊した民宿雷五郎の豊田政子さんには川原湯温泉のはずれにある不動の滝まで案内していただきました。この滝も確かにあの時仁さんと二人でみた景色でした。10年近い年月が流れているのに昨日のことのようです。

一泊して翌日は一人でダム建設予定地や吾妻渓谷の遊歩道を歩いたのですが、前日の雨に林の中には白や茶色のきのこが出ていたり、珍しい花が咲いていたりで「ほら仁さんあれを見て!」と思わず口に出て、二人で歩いているような気分でした。

「実情がそう簡単なものでないことは、お見通しでしょうが、私たちの力だけでも、絶対にダムは止めます。…」という摩耶のような先を見通す目を持った人たちが次から次へと現れ、八ッ場ダムも一日も早くストップさせたいものです。

『鳥たちの舞うとき』が八ッ場ダム反対に少しでも役立てば幸いに思います。

2004年8月19日
高木久仁子




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