工作舎home
本の仕事人

#014 恵文社一乗寺店 店長 堀部篤史さん

地方だからこそ、つねにお客さまの視点にたった品揃えを。

  

外から見た夜の恵文社一乗寺店。店内は白熱灯の温かな色合いに染まる。


シュルレアリスム〜幻想コーナーの一角。ランプに照らされて本も映える。ガラスケースの書棚もあり、熱心なファンがつく。


平台はアンティークのテーブル。オーナーの趣味で、近くのショップから取り寄せる。


ユリイカの足穂特集に並んで『人間人形時代』。取材にうかがう直前にも1冊売れたという、定番商品。


「一般書店との大きな違いは、配本がほとんどないこと。新刊でも、すでに他店で並んでいたり、雑誌やメディアで見たものを選んで入れています」。シュティフター『石さまざま』(松籟社)もおすすめ本に。


生活関連の本と雑貨スペース。明るい空間に、スローなライフスタイル誌とアカデミックな食の本が並ぶ。


絶版に近い僅少本(*5)を探して出版社に直接交渉して、仕入れることもある。ソビエト時代の絵本シリーズもそう。好評で売り切った本も多い。


ビジュアル中心の店と思われがちだが、実は人文書も多い。イメージがひとつに固定化しないように、多面的な品揃えを心掛ける。


shop_data

恵文社一乗寺店

営業時間 10:00〜22:00
京都市左京区一乗寺払殿町10

tel&fax 075-711-5919
URL https://www.keibunsha-books.com/



back_number
  • 013 JRC 代表 後藤克寛さん
  • 012 INAXブックギャラリー 太宰桂子さん
  • 011 ヴィレッジヴァンガード横浜ルミネ店 大八木孝成さん
  • 010 読者に聞く
  • 009 海文堂書店 平野義昌さん
  • ■アンティークに包まれた書店空間

     比叡山に向かう一両電車(*1)にゆられて、無人駅の一乗寺で降りる。「夜の店内も雰囲気がありますよ」という言葉に誘われて、夕闇のせまる静かな住宅街を歩くと、暖色系の灯りに目的地と知れた。京都の個性派ブックショップ、恵文社一乗寺店だ。

     店内では年代もののテーブルの上に本が飾られ、ランプや鳥かごが幻想的な雰囲気を高める。アンティークな空間は、ヨーロッパの邸宅の書斎といった趣き。夜の訪問を勧めてくださった店長の堀部さんにお話をうかがった。

    「この店の歴史は長いですよ。1970年代末からです。オーナーが、他の店が置かないような本を置く店を始めたいと」。京都の街はずれという不利な立地を逆手にとった、チャレンジ精神だった。

     近くには京都造形芸術大学があり、京都精華大学や京都大学の学生も多い(*2)。当初、店の運営は学生アルバイトに任され、各人の得意分野だけが充実して一貫性はなかったという。やがてギャラリーが併設され、洋書やビジュアルブックに強い今の状態に落ち着く。その軸となったのが堀部さんだ。

    ■週末には地方からのお客さまも

    「アートと言っても、ここは地方ですし、お客さまは学生さんが多い。専門書だと敷居が高くて買えません。若い人はファッションや音楽がまずあって、そのうえで本を読むかどうか。デザイン・アートの本では、専門知識がない人でも楽しめるようなビジュアルブックのくくりで入れています。サブカルチャーやPOPミュージックが好きな人でも見て楽しめるように」。

     こうした路線が評判となり、20代の若い女性から、年配のお客さままで客層が幅広くなった。特に近年、雑誌やメディアで紹介されることが増え、週末には地方からお客さまが集う。さまざまなお客さまの指向を満足させる店づくりを心掛ける。

    「スタッフみんなで仕入れますが、なるべく一面的にならないようにと意識しています。僕も手を出して、違う本を入れてみたり、こういう古本を飾ってみようか、と提案します」。

     去年7月にオープンした隣のスペースは、生活関連の本と雑貨がコンセプト。「単純にかわいらしい、おしゃれな洋書や、主流の『ku:nel』(*3)『天然生活』(*4)だけにせず、食に関するアカデミックな本もあれば、東海林さだおのエッセイも加えました。男性にも楽しく、古本が好きな方にも発見があります」。

     それは、まさしく「棚の編集」だ。ひとつのイメージに固まらないように、多面的要素を大切にする。

     秀逸なシュルレアリスムの棚が知られているが、「雑貨など他の売上があるからこそできることです。効率がいいとはいえませんが、気に入ってくださる方も多い。あの棚のおかげで、店のイメージが多面的になります」と、全体のバランスを重視する。

    ■つねにお客さま相手の小売店であり続けて

     京都には個性的な書店が多い。京大に代表されるように、京都ならではの自由闊達な精神がそうさせるのだろうか? 改めて、この店の特徴をきいてみた。

    「洋書を例にとれば、東京にはデザインオフィスや建築事務所も多く、専門的な需要があると思いますが、うちにはありません。だから、普通のお客さまに向けてどのような本がいいのか、苦心して考えています。5、6千円するアートブックでも買って楽しめるのはどんなものかと考えて、つねにお客さま相手の小売店であり続けているんです。京都ならではというより、地方にいて、時流の中でお客さま相手の商売をしています。専門的敷居は高くしないというのが特徴と言えば特徴です」。

     意外な答えだった。だが、これぞ商売の基本だ。客層をきちんと把握し、価格帯と難易度レベルをしぼる。だからといって、流行に媚びることはない。

    「こちらが流行に合わせなくてもお客さまはわざわざ来てくださいます。うちが提案したものを面白がってもらっているんです」。

    ■本という形態の魅力が引き立つように

      街の書店さんもベストセラーが配本されないと嘆いている場合ではないのかもしれない。だが、恵文社がここに至るには、30年近い年月がかかっている。「ゼロから始めて 、だんだん受け入れられました」という言葉の意味は重い。

    「インターネットが普及し、情報だけでいいのなら書籍や紙媒体でなくてもいいはずです。でも本にはモノとして保管できたり、コレクタブルな要素もありますし、持ち歩けるという要素もあります。装丁・造本も含めた本という形態の魅力、その良さが引き立つような選び方をしたい」。

     その姿勢がお客さまの心をつかむのだろう。「何か面白いものが見つかる店」には、今日も人が集う。


    註:
    *1 比叡山に向かう一両電車…叡山(えいざん)電車のこと。乗ったのがたまたま一両編成だったが、2両編成もある。ただし、2両編成では無人駅では後ろの車両のドアは開かない。全列車ワンマン運転で、後ろのドアから整理券をとって入り、降りるときは前のドアの運賃箱に払う。昭和のノスタルジーあふれる路面電車。京都中心部から叡山電車に乗るには、京阪電車かバスを利用して出町柳駅へ。一乗寺駅の2駅先の宝ケ池駅で八瀬比叡山口へ向かう叡山本線と、鞍馬線に分かれる。

    *2 学生が多い…京都精華大学は叡山電車沿線にある。京都大学から一乗寺にかけての北白川一帯は、アートな学生が集うカフェや雑貨店が点在し、高感度エリアとして有名。

    *3 『ku:nel』…クウネル。マガジンハウス刊行の「ストーリーあるモノと暮らし」をコンセプトにしたライフスタイル情報誌。スロースタイルな食・インテリアなどが透明感ある写真とともに紹介される。公式サイトhttps://kunel.magazine.co.jp/

    *4 『天然生活』…地球丸刊行の「小さなこだわり 小さな暮し」マガジン。ナチュラルな食と住が特集される。公式サイトhttps://www.chikyumaru.co.jp/ten.html


    *5 僅少本…工作舎の『全宇宙誌』『遊』『予兆の島』『治安維持』など、僅少本を販売したときの写真。ガラスケースに納められた『全宇宙誌』のロゴがきらめく。『全宇宙誌』は即日完売。購入されたお客さまは、以前この本を所有し、大変思い入れがあっただけに、ことのほかお喜びだったという。



    2007.5.31 取材・文 岩下祐子


    +home+