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読売新聞 黒崎政男氏書評週刊読書人 佐々木力氏書評





週刊読書人 2002年12月13日 佐々木力氏書評再録

多面的才能を活写 
堅実で現代的なライプニッツ入門書

 バロックの万能人ライプニッツは、まさに当時の知識のさまざまな分野の最前線に 立っていた。否、当時の最前線というだけでは十分ではない。党派的観点を斥け、仮 想論敵の長所をも統合しようとする遠大な精神、現代のIT革命の中心であるコンピューターの先駆をなす四則演算が自在にできる計算機の設計・製作、二進法の案、情報整理術等、二十一世紀をも予見したと言ってよいほどの超時代的な知性ぶりを示していたと言っても過言ではないのである。
 本書は、ライプニッツの総合的知識人の多様な側面から、「発想術」、「私の存在 術」、「発明術」、「情報ネットワーク術」という四つを選び出し、それぞれについ て現代的観点から再構成を試みた佳作である。数学史的・科学史的背景をもっと深く 掘り下げて欲しかったというのは過大過ぎる要求であろうから、ともかくは労作の完 成を慶賀したい。今日、ライプニッツについての哲学史的研究、数学史的研究に志す 学徒は少なくない。堅実で現代的なライプニッツ入門書として、彼らに躊躇なく推奨 できる。
 哲学的思索不振の今日でも哲学は個別科学を統率する万学の中心であるなどと自ら の現実の貧相な姿をわきまえず高言する者がいるが、本書はそうではない。数学し、 技術的発明に腐心し、行政の細事に心を砕き、そのうえ哲学的思索もしたライプニッ ツにふさわしく、彼が本気でかかわったさまざまな「術」を解説しえている。本書の 標題に見える「術」という言葉がそのことを何よりも教えてくれている。
 十七世紀という未曾有の学問変革期に生きて、いかなるドグマからも自由であろう と新鮮な発想を求めて奮闘する姿を明らかにした「発想術」、傑作小編『モナドロジー』の謎に分け入った「私の存在術」、現代情報社会の眼でライプニッツを見直した「情報ネットワーク術」はなるほど面白い。たとえば、「私の存在術」という章にリスク・マネジメントの一環としての「保険論」を組み入れた点には、著者の顕著な創意を見ることができる。けれども、私にはとりわけ「発明術と発見術」の章が魅力的であった。四則演算可能な計算機の仕組みを、これほど簡明に解き明かしてくれた哲学者を私は知らない。鉱山開発について、日系人ハルツィンクと争い、かつライプニッツの方が必ずしもフェアな判断をしなかった等という思い入れした史話にもとくに大きな関心を寄せることができた。さらに、ライプニッツの考案になる風車についての解説にも、エコロジー時代だからなのであろうか、興味がもてた。
 近代という時代にとってのライプニッツという問題に思いを寄せてみよう。彼は古 代と中世の西欧の智恵に通じていた。それに留まることなく中国思想にもただならぬ 関心をもった。しかも文字通り万学にかかわった。近年しばしば「近代を超える」と 豪語した思想家が現れては、結局、前近代的思潮に呑み込まれてしまい、消えていっ たことは記憶に新しいが、彼らは果たしてライプニッツの所業と彼の思索の姿勢につ いて省みたことがあるのであろうか? 
 こういったことに思いを巡らしてみると、ライプニッツ思想の射程は近代そのもの の射程であるかのようにすら思えてくる。換言すれば、本書は近代という時代の射程 の悠遠さをも示してくれていることになったわけである。

佐々木力 (ささき・ちから=東京大学教授・科学史専攻)




読売新聞 2002年11月10日 黒崎政男 氏書評再録

天才の思索 生まれた現場

 バロック時代の天才というべきライプニッツは(今日の分類でいえば)、哲学者であり、また数学者、法学者、歴史家でもあり、図書館司書、外交官でもあった。本書はその途方もない人物を、できるかぎり等身大に、しかも、その思想をできあがった作品としてではなく、いわば「工房に入り込んで制作の場面に立ち会う」形で論じようとする労作である。
 例えば、ライプニッツの『保険論』は、今日の保険制度の基礎となるものだが、その議論は「偶然の出来事」とはそもそも何か、という深い哲学的思索にささえられている。本書は、理論と実践、普遍的な原理と具体的な事例の裂け目を常 に統合しようとするライプニッツの姿をうまく描きだしている。
 私たちは常にライプニッツの思索の先見性に驚かされてきた。今日の人工知能研究の先駆としての記号論理学。決定論的カオス・複雑系研究の先駆としての〈無理数と偶然的真理〉への膨大な考察。そして、デジタルテクノロジーの基礎付けとしての「二進法」研究。科学技術の面ばかりではない。〈文化の多様性〉、〈欧州の統合〉、〈グローバリズム〉といった今日的問題も、みなライプニッツが発掘し、手がけた問題群なのである。ライプニッツの思索は300年経った今、ようやく時代が追いつき、テクノロジーの面でも、政治や経済の面においても、彼の思想が実現化しつつあるように思われる。
 ライプニッツが生きていた時代は、ちょうど現代とはまったく逆で、有象無象の雑多な知識が整理され、学問相互の垣根が築かれ、学者と素人が分断されつつあった。その時代に逆行するライプニッツの姿勢は、実はきわめて今日的なものだ、というのが著者の見立てである。
 すばらしすぎるライプニッツだが、実は膨大な仕事を抱え込みすぎる上に、メモは散らかり放題で、情報整理には常に失敗していた、ともあり、なにかほっとした気持ちになる。

黒崎政男 (くろさき・まさお=東京女子大学教授)



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