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ルネサンス・バロックのブックガイド

第2回
宮下志朗 『本の都市リヨン

◉晶文社・1989年・469頁


宮下志朗『本の都市リヨン』

フランスを代表する美食と歴史の街として、世界中から多くの観光客をひきつける商都リヨン。ソーヌ河とローヌ河にはさまれた中洲の一角に、われらがメルシエール通りはある。いまはレストラン街となっているこのソーヌ左岸の商業地区で、街の出版業は産声をあげた。そしてリヨンは、ルネサンス期のフランスでパリと肩を並べる大金融・出版センターとしてその名を轟かせることになる。

読者はまず著者とともにリヨンの街路にわけいって、当時の職人や商人たちが吸っていたこの自由な空気を感じとる時間の旅へと誘われる(第一章)。そして15世紀半ばのグーテンベルク聖書から揺籃本(インキュナブラ)の時代へ。首都パリとは異なり大学も高等法院もなかったリヨンでは、世俗的な街の雰囲気とあいまって、すでに実用書や絵入り本にまじってフランス語の書籍も積極的に刊行されていた(第二章)。しかしそうした自由には代償もまたつきものであった。経済動向に左右されがちな社会では、貧窮する民衆の暴動に悩まされつつ、慈善・福祉と称する監視の目も鋭くなる(第三章)。印刷工は秘密結社を組織してストライキを敢行し、王権と真正面からはりあった。同時にこれが印刷業を独立した職種として認知させることにもなったのだ(第四章)。

無数の難局をのりこえ、16世紀半ばにリヨンの出版業は黄金期を迎える。書籍商のネットワークも整った(第五章)。半面、この時期に挙行された国王の「入市式」のために投じられた莫大な費用は、この都市の運命を急降下させるきっかけともなろう(第六章)。ジュネーヴからほど遠からぬリヨンは宗教改革の普及にも一役買い、王令によって弾圧されもした(第七章)。本書ではさらに、キリスト教新旧各派のやり手の出版人らの肖像が活写されたあと(第八章)、ペストと梅毒が市民に猛威を振るうさま(第九章)、および凄惨を極めた宗教戦争をへてリヨンが往時の輝きを失い、その後の出版文化をパリに完全にあけわたすさまが、著者の愛惜の情もまじえて丹念にたどられる(第一〇章)。

ラブレー(François Rabelais, 1483?-1533)の風刺小説もノストラダムス(Michel de Nostredame, 1505-1566)の予言集も、おそらくはこの街だからこそ生まれたのだ。本書を読み終えた読者の手には、きっとリヨン行きの切符が握られているにちがいない。

(久保田静香)


[目次より]
序章 明治四〇年、リヨンの荷風
第一章 大市の都市
第二章 リヨン出版業の産声
第三章 自由の代償
第四章 「大喰らい団」とストライキ
第五章 出版の黄金時代
第六章 リヨン・ルネサンスの祝祭
第七章 危険な書物
第八章 出版史を彩った人びと
第九章 危機の訪れ
第一〇章 亡命と回心
終章 メルシエール街の落日

メルシエール通り メルシエール通り
メルシエール通り


[執筆者プロフィール]
久保田静香(くぼた・しずか):フランス文学・思想。日本学術振興会特別研究員PD。文学博士(パリ第4大学、2012年)。研究主題は、初期近代ヨーロッパにおける思想と言語。

*書影提供・夢然堂さん


◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。




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