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ルネサンス・バロックのブックガイド

第4回
D・P・ウォーカー
『ルネサンスの魔術思想 フィチーノからカンパネッラへ

◉田口清一=訳・平凡社・1993年・369頁
(ちくま学芸文庫・2004年・413頁)


『ルネサンスの魔術思想』平凡社版

乳香を薫きしめ、葡萄酒をあおる男がひとり。神の姿が刻まれた護符を見つめたかと思うと、古代ギリシアの伝説的な詩人オルペウスが描かれたリュートを取り出し、力強く奏でながら太陽に向かい口ずさむ。「万物を照覧せる天の永遠なる眼、金色に輝くティタンにして天にいますヒュペリオンたる太陽神よ、どうかわが声を聞きたまえ」

オルペウスのリュートの持ち主は、ルネサンスを代表するプラトン主義哲学者マルシリオ・フィチーノ(Marsilio Ficino, 1433-1499)。この儀式は、彼による学者のための養生訓『生命論』 De vita の第三巻「天界によって導かれるべき生について」で勧められる魔術である。この魅力的な魔術から本書の議論は進んでいく。フィチーノは霊魂と肉体をつなぐ媒介として精気(スピリトゥス)という物質を考えた。天上、すなわち太陽などの星辰の世界から善い精気を招き降ろすことで憂鬱になりがちな学者の精気を純化すること、これこそがフィチーノの魔術であるわけだが、ウォーカーはフィチーノが指摘されたくなかった、その本質をズバリと言ってのける。すなわち星辰という神でも天使でもない霊的存在、キリスト教にとっての敵、つまりダイモンの魔術であると。議論はフィチーノの危うい魔術の詳細な分析からはじまり、それを受け継いだアグリッパ(Cornelius Agrippa, 1486-1535)らの魔術擁護派、そして反魔術派の評価をへて、最後にカンパネッラ(Tommaso Campanella, 1568-1639)にて締めくくられる。

本書の目的はルネサンス魔術の展開を追うことにあるが、そこではキリスト教との関係が常に意識される。それはフィチーノをはじめ本書の登場人物たちが皆、キリスト教を中心として自身の立場を表明しているからに他ならない。しかし著者は、もっと大きな伝統のなかでキリスト教と魔術の関係を捉えている。オルペウスのような古代の魔術師は、キリスト以前からその真正な宗教の真理を伝えていた「古代神学者」であるとフィチーノは考えていた。つまりオルペウスの讃歌を歌ったことからわかるように、彼の、そして彼から発するルネサンス魔術は「古代神学」の伝統のなかに位置づけることができるのである。魔術に関する詳細な分析は、著者の記念碑的な『古代神学』へと続く壮大な序章なのだ。

(関大輔)


[目次より]
第1章 フィチーノと音楽
第2章 フィチーノの魔術
第3章 プレトン、ラザレッリとフィチーノ
第4章 16世紀におけるフィチーノの魔術
第5章 16世紀におけるフィチーノの魔術(続)
第6章 テレジオ、ドーニオ、ペルシオ、ベイコン
第7章 カンパネッラ

『ルネサンスの魔術思想』平凡社版カバー装画の拡大


[執筆者プロフィール]
関 大輔(せき・だいすけ):大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻修士課程2年。専門はイタリアを中心とするルネサンス美術史。とくに占星術に根差した芸術や思想。




◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。




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