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ルネサンス・バロックのブックガイド

第11回
S・J・テスター 『西洋占星術の歴史

◉山本啓二=訳・恒星社厚生閣・1997年・348頁


『西洋占星術の歴史<』

著者は占星術を大きく二種類に分け、それらに対する人々の態度として三種類を考えている。著者のいう「ソフトな占星術」とは、われわれの周りに見られる自然によく対応しているものであり、気象学、医学、錬金術などと結びつく「自然占星術」(natural astrology)と呼ばれるものだ。それに対して「ハードな占星術」とは、人間の自由意思を認めず、決定論の立場に立つ「判断占星術」(judicial astrology)と呼ばれるものである。

とくに注意しておかなければならないのは、教父アウグスティヌス(Augustinus, 354-430)やピーコ・デッラ・ミランドラ(Pico della Mirandola, 1463-1494)が執拗に批判した占いがもっぱら後者であったこと、そして少なくとも17世紀までの知識人のほとんどが、何の疑いもなく前者の占星術を信じていた点である。だからこそ、14世紀に三年にわたって大陸に広まった黒死病に関するパリ大学医学部の公式声明は、実に占星術的な内容であり、その原因が土星、木星、火星という三惑星の合にあるとしたのである。

また、17世紀まで教科書としてプトレマイオス(Ptolemaios, 2c AD)の『テトラビブロス』 Tetrabiblos の一部が使われていた大学さえあった。こうして占星術に対する態度として、ハードとソフトの両方を信じるもの、ソフトのみを信じるもの、そして占星術をいっさい信じない三つの態度が考えられるのである。

占星術の歴史を扱った書物は少なからずあるが、本書が研究者としてバランスのとれた優れた見地に立った著者によって書かれていることを強調しておきたい。著者自身が扱っているギリシア語やラテン語文献だけでなく、いまだ未整理の中東起源の原典史料を精査し、さらに研究を深めるまでは、本当の意味での「西洋占星術」の歴史を完成させることができないということを、著者は十分に自覚しているのである。このことは実に重要なことであり、占星術の歴史を研究するうえで、シリア語やアラビア語、ペルシア語、ヘブライ語、さらにはサンスクリット語などで書かれた占星術書の研究は今や不可欠なものとなっている。占星術の教義内容だけでなく、それがたどった複雑な歴史を手短に提示している点でも、本書は優れた入門書の役割を果たしているだろう。

(山本啓二)


[目次より]
第一章 序論
第二章 起源からマニリウス以前まで
第三章 マニリウウからウェッティウス・ワレンスまで
第四章 アレクサンドリアからビザンティウムへ
第五章 中世ラテン世界
第六章 ルネサンスと啓蒙運動


ケプラーが作成したホロスコープ
ケプラーが作成したホロスコープ


[執筆者プロフィール]
山本啓二(やまもと・けいじ): イスラーム科学史。京都産業大学文化学部教授。研究領域は、アブー・マアシャルを中心としたアラビア語占星術文献の校訂と英語訳。




◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。




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