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本の仕事人

#008 往来堂書店 笈入建志さん

本屋は非常識が面白い!

 

往来堂書店は20坪の小さな書店。「地元の普段づかいの本屋」を自認する。


旬なテーマ「昭和史」は、日本国憲法や靖国問題に加え、山田風太郎の『戦中派焼跡日記』や白洲次郎まで、幅広く展開中。


インターネット社会をテーマにした棚は脅威論の『インターネットは「僕ら」を幸せにしたか?』をきっかけにはじめたが、現在は肯定論の『WEB進化論』などをメインに。


売上の40%は雑誌で支えている。奥に雑誌や実用書を置くことでお客さまを店内奥へと導く。


棚は見た目が大事。手を入れれば入れただけ良くなり、売れていく。


右が「不忍ブックストリートが選んだ50冊」、その左隣に「スタッフおすすめの本」。お客さまに偶然の出会いを演出する。


「優秀なスタッフを育てることは非常に重要。いかに現場を任せて、店長が道楽にしか見えない仕事に打ち込めるか、そこがミソ(笑)」と語る笈入さん。


shop_data

往来堂書店

営業時間 11:00〜21:00
住所 東京都文京区千駄木2-47-11
tel&fax 03-5685-0807
URL https://www.ohraido.com/



back_number
  • 007 ジュンク堂書店新宿店 土井智仁さん
  • 006 青山BC六本木店 柳澤隆一さん
  • 005 江崎書店成城店 千葉茂之さん
  • 004 あゆみブックス新百合ヶ丘店 大野浩明さん
  • 003 ブッククラブ回 榎本貴之さん
  • ■取次の新刊配本お断り、本は自分で仕入れる

     千駄木は「谷根千(やねせん)(*1)」の一角を担い、下町情緒が色濃く残る街。そして本が似合う街でもある。ここに店を構える往来堂書店は20坪ながら、磨きのかかった品揃えで本好きを魅了する。すべてが揃うわけではないが、何かが見つかる棚だ。

    「小さい店ですから、取次からの新刊配本はカットして(*2)、自分で調べてアンテナに引っ掛かった本を仕入れます。だから仕事はどうしても情報収集に比重がかかりますね」と話してくれた店長の笈入さんは、元大手ナショナルチェーン書店社員。6年前、往来堂書店へ転身した。(*3)

    「ネットの環境が発達したので、本の情報集めもずいぶん便利になりました。ただ、ネットの情報はお客さまにも同じように開かれています。お客さまにネット書店で買われたら、それまで」

     いかに店に足を運んでもらうかが最大の難問。そのためにもネット書店のよさを取り入れたいと、分類に目をつけた。普通、本屋に行くとまずお目当ての本があるコーナーに行く。例えば岡崎武志の本なら文芸 > 評論に、フリーマン・ダイソンなら理工 > 物理にと、本を買うには分類から入らなければならない。だがネット書店ではそんな必要はない。

    「お客さまはダイレクトに本を検索し、そのつながりで他の本も買う。クリック次第で次々に関連本が提示されてきますし(*4)。いい意味で従来の分類に捕われていないんです。その点ではうちの店も同じです」


    ■偶然の出会いを演出したい

     店に入るなり、よくセレクトされたハードカバーに出くわす。江戸ものや東京の街歩きはもちろん、下町に馴染みの永井荷風や吉本隆明、時事ネタ、数学、歴史、さらには「本とコンピュータ」のバックナンバー、古書エッセイの数々。コンパクトな空間にテーマがぎっちり詰まっている。

    「棚は自然と出来ます。例えば、インターネット社会というテーマは、『インターネットは「僕ら」を幸せにしたか?』が刊行されたときに思いつきました。この本はテーマ的にも、売れ行き的にも中心になる本とピンと来たんです」。そんな新刊が出たときに関連する本がいくつ思い浮かぶかが腕の見せどころ。くだんのインターネット社会の片隅には、フーコーの『監獄の誕生』が置かれ、笈入さんの主張が感じられる。

    「本当はどうして今この本を出すのかと、編集者の意図を聞きたいんです。社内の企画会議が通るのは何かしら説得材料があるのでしょう? 本屋としてはそこを知りたい。『他で売れていますから』とか『こういう本ですよ』といった営業トークじゃなくて、なぜこの本を出したのかを」

     売れている本の二番煎じや似たような企画はある程度売れるが、お客さまのニーズはそれだけではない。

    「見たこともないような本が読みたい、思いもよらないことを知りたい、要求は際限がないもの。本を読むとはそういうことなんです。自分の購読履歴からは出てこないし、マーケティングのしようもない。そんな出会いは偶然でしかない。その偶然をどうやって提供するのか考えたら、そこには誰かの強力な想いが必要なんだと思いました」

     それが編集者だ。編集者だからこそ知りうる関連本を並べた棚からは、きっと他にはない濃密な気配が漂うだろう。アマゾンでもできない棚を作りたい。「売り場は非常識じゃないと面白くない」が信条だ。


    ■前代未聞、古書店と組んだ「不忍ブックストリート」

     昨年からは「不忍(しのばず)ブックストリート」(*5)の実行委員を務める。付近の古書店と組んで本好きのお客さまの期待に応える試みだ。その一大イベント「一箱古本市」は今年2回目を迎え、大いに盛り上がった。

    「古本を売っても新刊の本屋は儲からないのに、と思われる方もいらっしゃるんですけど、お客さまは古本屋だろうが新刊の本屋だろうが関係なく利用する人が多い。うちはどうしても新刊中心になってしまい、品揃えに奥行きがありません。古くてもいい本が揃っている古本屋と補い合ったほうが、この街にも住んでいる人にもいいことは確かです」

     店頭では「不忍ブックストリートが選んだ50冊」という棚も設けた。エクセルで組んだオビには、おすすめコメントも入る。「なぜこの本なのかということを考えて選んでもらいました。例えば、千駄木駅前にこだわりのハンバーガーショップがあるから『世界の食文化12 アメリカ』を読んでから食べてみてとか、谷中に大名時計博物館があるから『大江戸テクノロジー事情』も、とか。選び方はさまざまです」。普段なら動かないような本が売れるから面白い。気をよくしてスタッフおすすめの本も横に加え、こちらも好調だ。

    「普段づかいの書店」を自認し、街に根づいた店づくりを展開している。街の本屋、中小書店の廃業が深刻化する中で、独自の空気を持つ千駄木という街ゆえに可能なのだろうか?
     
    「昔はこのくらいの本屋はあちこちにあったと言われます。今、個人経営の小売り店はどんな業種でも厳しい中で、本屋はまだ残っているほうだと思います。なのに本屋らしい本屋がなくなったとか、雑誌と漫画だけしか置いていないとか、そんな声をよく耳にするのは、昔当たり前だったことが今は贅沢になっているんですよ。そこに商機ありと感じています」

     この街の本屋はしたたかに未来を見据えている。


    註:
    *1 谷根千……1984年、森まゆみ氏が地域雑誌『千駄木・根津・谷中』を立ち上げ、街のミニコミの代表格として全国的に有名になった。その愛称が「谷根千(やねせん)」。https://www.yanesen.net/

    *2 新刊配本…一般的に新刊書籍は、出版社から取次に「委託」され、取次が全国の書店へと配本する。取次が書店規模や売上等に基づいて「A書店10部、B書店3部」などと配本する「パターン配本」と、出版社が書店の予約数等を勘案して各書店への部数を決定する「指定配本」があるが、特にパターン配本では書店が注文しなくても配本がなされ、「必要ない本が入り、欲しいベストセラーが来ない」という状況が発生。むろん「委託」なので書店は返品可能だが、返品作業のムダは測りしれない。その一方、書店の仕入れ能力を問う声も聞かれ、静山社が『ハリー・ポッター』シリーズを買い切り-満数出荷を導入し、この問題に一石を投じた。

    *3 往来堂書店への転身…前店長・安藤哲也氏が「街の本屋の復権」を掲げてオープンした往来堂書店。独自の店づくり、文脈棚などで話題の的となった。その安藤氏がネット書店bk1に移る際、後任の二代目店長を異例の公募。注目が集まる中、選ばれたのが笈入さんだった。なお安藤氏は現在、楽天ブックス在籍。往来堂店長時代の奮闘は、著書『本屋はサイコー!』(新潮OH!文庫)に詳しい。

    *4 クリック次第で関連本…アマゾンでは「あわせて買いたい」「この本を買った人はこんな本も買っています」、ユーザーが作ったブックリストなどが次々に出てくる。

    *5 不忍ブックストリート…千駄木、根津、谷中の中心を走る不忍通りや周辺には本にまつわる施設が多いことから、ライターの南陀楼綾繁さん、イラストレータの内田詢子さんが呼び掛け人となってはじめた動き。新刊書店の往来堂、古書店の古書ほうろう、オヨヨ書林が実行委員に加わり、周辺のカフェやギャラリー、散歩スポットを盛り込んだイラストマップを無料配付。「一箱古本市」では、ダンボール一箱分のにわか古本屋を募った一日限りのイベント。今年は4/29に開催し、岡崎武志さん、晶文社さんら100店の出品に、雨天ながらも多くの人でにぎわった。不忍ブックストリートのサイトはhttps://sbs.yanesen.org/



    2006.5.10 取材・文 岩下祐子


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