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本の仕事人

#016 紀伊國屋書店新宿本店 和泉仁士さん

本の洪水の中で仕掛ける

 



じんぶんや第35講(10/20-11/20)。鈴木謙介らによる選書は、丸山真男『日本の思想』からデネット『自由は進化する』、マンガ、同人誌、CDまで並ぶ。


平台がでこぼこになっても、売りたい本をドンと積むことを容認。ひときわ目立つ手前の本は荒川修作らの『死ぬのは法律違反です』(春秋社)。


思想書には文庫も充実。


精神世界の棚は、硬軟とりまぜて充実。『生命潮流』『ホロン革命』などニューサイエンスの基本図書も健在。


3年間サンフランシスコ店へ。帰国後、日本の慌ただしさにとまどっていたとき出会った『スロー・イズ・ビューティフル』(*5)が座右の書。


「うちはとても優秀なスタッフがそろっているんですね。僕は何も言わないほうがいい」


朝日出版社フェア終了後も棚で継続中。同時期に中野幹隆追悼フェアを開催したジュンク堂新宿店と、相互案内を果たした。


「世の中いろいろな仕事がありますが、本の行き交う場所にいられるって幸せだと思いますよ」

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紀伊國屋書店新宿本店

営業時間 10:00〜21:00
住所 新宿区新宿3-17-7

tel 03-3354-0131
fax 03-3354-0275
URL https://www.kinokuniya.co.jp/



back_number
  • 015 台湾・誠品書店信義店
  • 014 恵文社一乗寺店 店長 堀部篤史さん
  • 013 JRC 代表 後藤克寛さん
  • 012 INAXブックギャラリー 太宰桂子さん
  • 011 ヴィレッジヴァンガード横浜ルミネ店 大八木孝成さん
  • ■月がわりのショップ内セレクトショップ

     今年80周年を迎えた紀伊國屋書店。中でも新宿本店は昔から知識人・文化人が集い、新宿文化を生み出してきた。この激動する出版状況をどのように考え、店づくりをしているのだろうか? 5F人文書、課長代理の和泉仁士さんにお話をうかがった。

    「今、情報が多すぎると思うんです。本自体多すぎてお客さまも探しきれない。その中で『この本は信頼できる本ですよ』とピックアップしたショップ内セレクトショップが『じんぶんや』です」。

     人文科学およびその周辺をテーマに、編集者、学者、評論家など、テーマに精通したプロの本読みたちが、月がわりで選者となる。ブックリストの小冊子も毎号無料配布し人気となっている。開催中の「セカイ TOKYO 新宿—文化系書店Life堂 vol.2」(*1)で第35講。バックナンバーには斎藤美奈子や東浩紀、四方田犬彦などが選者に名を連ねる(*2)

    ■目先の利益にとらわれない著者や版元の協力

     じんぶんやは2004年9月スタート。部下の宮城さんの発案に賛同し、企画を軌道に乗せていった。半年後に宮城さんがマレーシア店に異動となった後も、他のスタッフと続ける。

    「スケジューリングが難しくて大変ですが、乗り越えるスキルもついてきました。そっちがダメならこっちだと」。出版社の営業から声をかけてくれると楽になる。「人文系の著者や版元さんがいいところは、目先の自社の利益だけではないことに協力してくれること。じんぶんやは先生方に無償で執筆いただき、ブックリストばかりか、それぞれの本のコメントやエッセイと、結構な仕事量になりますが、みなさん快く引き受けてくださって、それがまたうれしい」。

     じんぶんやに限らず出版社の営業は、新刊が出ると「できればこの本もいっしょに置いたほうがいい」と、他社の本を教えてくれることが多い。「こういうブックフェアをやりたい」と持ちかけると、自社の本が1点で他社の本が70点になってもリストを作ってくれる。「そういう方々の協力なしには、人文らしい硬派な企画は成り立たない。本当に多くの人に有形無形の協力をいただいています」。

    ■著者がこの場に来ることの意義

     版元の協力が重要なのは「新宿セミナー」(*3)もそうだ。紀伊國屋ホールを使ってのこの講演会は各フロアの担当で分担し、じんぶんやと連動させることも少なくない。

    「昔は紀伊國屋セミナーといって、吉本隆明さんなどを呼んでいましたが、僕が本店に戻った2002年頃は、ほとんど開催していなかったんです。その頃、他の大手書店では盛んに講演会を開いていて、うちもやりたいなと」。その気持ちの傍らには、何もしなくていいのかという危機感があった。

     しかし、いざ進めると消極的だった理由がわかった。紀伊國屋ホールは書店部門とは別部署のため決済の手続きも違い、やれ稟議書だ、費用はどこが負担するのかなど、かなり大ごとだったのだ。そこで当時の店長に相談すると、「どんどんやれ」と賛同してくれた。簡単に開催できるように交通整理をしてくれ、一気に問題はクリアされた。モットーは、フットワークを軽く、お金をかけずに、次々にできること。

    「さまざまなお客さまをお店に呼ぶことも大事だし、著者がこの場所に来ること自体、大きなアピールになります」。

    ■拠点・新宿にライバル出現

     3年前、向かいの三越百貨店にジュンク堂新宿店が出店した。そして今年春には1650坪に増床。1480坪の紀伊國屋は挑まれた形だ。

    「ジュンク堂さんの人文担当者は以前から知っていて、棚の職人として尊敬しています。本当は新宿にお客さまが集まって、双方が伸びるという共存共栄が理想ですが」。

     当時の店長は「敵のない城は滅びる」と前向きにとらえた。その期待通りにスタッフの意識が高まり、品揃えも、お客さまや版元営業への対応も評判があがった。だが、出版不況下では売上げを競い合うことになり、緊張が抜けない。だからこそ和泉さんは「平和的和解を望んでいます」と。

     この夏、朝日出版社僅少本フェアを開催した。そこには「ジュンク堂新宿店で中野幹隆(*4)追悼フェア開催中」の案内が目を引いた。「ジュンク堂さんからお話をいただき、こういうことこそやるべきだと思いました。ジュンク堂さんでも紀伊國屋の宣伝をしてくれるのだし、もしやらなかったら狭量なこと。店長も了解してくれました」。

    ■部下を信頼するということ

     和泉さんは、11月1日に3F社会・ビジネス書へ異動した。はじめての管理職となった5Fを去ることは感慨深い。

    「ジュンク堂さんが新宿に出店したころはピリピリしていて、とても口やかましかったですね。『なんでこの本とこの本を隣に並べないで、適当な置き方をするんだ!』などとキツイ言い方をして、下のスタッフから「ひどいです」ってよく言われました」。自分でやったほうが早いと、あれこれ口を出していたら、「外部からはあたかも僕一人が全部やっているように思われて。けれど、ちゃんと売上げを作っているのは、各棚に差してある1冊1冊の本」。

     そのことに気づいて以来、なるべく後ろにさがって、現場のスタッフに任せ、こういうことをやりたいんだと解釈する。そのほうが各人の能力が伸びる。「それが信頼するということですよね」。売り場から、部下から学んだ。

    ■本屋が本を読める環境に

     目下の悩みは本を読む時間がないこと。「餅は餅屋のように、本屋はもっと本を読んだ方がいいと思いますが、それには環境がきびしい。肉体労働だし、残業があれば疲れて帰って、ご飯を食べてお風呂に入ったら、どれだけ本を読む時間があるのだろう」。

     定時で帰って少しでも本を読める会社になればいい。下のスタッフにも早く帰るように言うが、実際に仕事があると難しい。それでも、「朝早くから夜遅くまで働くことを美徳にはしたくない。働き過ぎで心身が不健康だと、仕事にも影響しますし、本が読めない。映画にもコンサートにも行けなくなってしまう。この前、会議で健康第一をテーマに出しました。みんなが健康を維持して、少しでも長く本の世界で働けるように」。


    註:
    *1 セカイ TOKYO 新宿—文化系書店Life堂 vol.2…TBSラジオ番組「文化系トークラジオ Life」とのコラボレーション企画。この番組は月イチ、社会の出来事やサブカルチャーや人生を語り合う生番組。文化系サークルの部室をイメージに、社会学者の鈴木謙介さん、文芸評論家の仲俣暁生さん、『めかくしジュークボックス』解説者でもある批評家の佐々木敦さんらがパーソナリティを務める。テーマは「しょうらいのゆめ」「『働く』ということ」「東京」など。

    *2 …斎藤美奈子選「21世紀の女と男を考える本」(第4講/2004年11月)、東浩紀選「ゼロ年代の批評の地平——ポストモダンの世界に生きる」(第16講/2005年12月)、四方田犬彦選「読むことのアニマのための50冊」(第31講/2007年4月)。紀伊國屋サイトにバックナンバーあり。

    *3 新宿セミナー…新宿本店4階にある名劇場、紀伊國屋ホールを使っての講演会。収容人数400人余は大手書店が開催する講演会の中で最大級。2005年からはじめ、第35講じんぶんやと連動した「文化系トークラジオLife ポスト“失われた10年”に語るべきこと」(2007.11.11)で91回になる。

    *4 中野幹隆…中野幹隆氏は、青土社「現代思想」、朝日出版社「エピステーメー」、哲学書房「季刊哲学」「季刊ビオス」と、名だたる雑誌を立ち上げ、思想界を牽引し続けた名編集者。追悼フェアの正式タイトルは「中野幹隆という未来--編集者が拓いた時代の切鋒」。

    *5 スロー・イズ・ビューティフル…平凡社刊。速さを競い、環境を破壊し続ける現代社会に、「遅くていい」と一石を投じた。2001年、文化人類学者の辻信一氏が提唱した本書は、スローライフ・ロハスブームの先駆けとなった。



    2007.10.24 取材・文 岩下祐子


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