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ルネサンス・バロックのブックガイド

第13回
山田俊弘
『ジオコスモスの変容 デカルトからライプニッツまでの地球論

勁草書房・2017年・304頁


『ジオコスモスの変容』

科学革命の時代、天文学と医学上の発見によって、西欧の宇宙観や生命・身体観が大きく変容した。その一方で見過ごされてきた、大地についての思想たる地球観の変遷を本書は取りあげる。科学史における「足元の盲点」を扱っているといっても良いだろう。

デカルト(René Descartes, 1596-1650)が『哲学原理』 Principia philosophiae で説いた地球の形成プロセスは、現代科学で説明されるそれとは大きく姿を異にする。ミルフィーユのように積み重なった大地の層が崩壊することによって海や山が形成されるというデカルトの「崩落テクトニクス」は、ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz, 1646-1716)にも引き継がれている。

ルネサンスの「ジオコスモス」(地球世界)から飛び立ち、新しい地球観を示した「新哲学」の思想家たちは、デンマーク人ニコラウス・ステノ(Nicolaus Steno, 1638-1686)と関連づけられることによって、ひとつの歴史的な地脈をなす。

ステノは化石の生物起源説を強く主張し、地質学の先駆者として知られているが、彼もまたデカルトの影響下にあった。サメや貝類などの海洋生物の化石は、しばしば海とは無縁の山中において発掘される。それゆえ、化石は鉱物と同じように地中で生成されるとも考えられていた。ステノはそのメカニズムを『創世記』の記述にしたがいつつも、崩落テクトニクスを用いて説明しようとした。それは同時に自然の観察によって、旧約聖書という宗教的なテクストの信憑性が裏付けられようとすることでもあった。ステノのこうした研究法は、スピノザ(Baruch de Spinoza 1632-1677)による科学的な聖書解釈学とも共振する。

またステノの知的な背景に着目すると、キルヒャー(Athanasius Kircher, 1601-1680)の存在も見逃せない。イエズス会の情報ネットワークを利用して自然のさまざまな事象を博物学的に記述したキルヒャーの業績をステノは大いに参考にしていた。

デカルト、スピノザ、ライプニッツ。歴史にその名を刻んだビッグネームたちの地球観に焦点があたること自体が稀だろう。そうした意味で、本書はまさに思想の「地下世界」を探求する。ステノは読者をビザールな地底探検へと誘う案内人なのだ。

(紺野正武)


[目次より]
プロローグ 科学革命の時代の地球観
第一章 ルネサンスのジオコスモス
第二章 デカルトと機械論的な地球像
第三章 キルヒャーの磁気と地下の世界
第四章 ウァレニウスの新しい地理学
第五章 フックの地球観と地震論
第六章 ステノによる地球像とその背景
第七章 スピノザとステノ
第八章 ライプニッツと地球の起源
エピローグ



サメの頭部 ステノ『筋学の基本例』より
サメの頭部 ステノ『筋学の基本例』より


[執筆者プロフィール]
紺野正武(こんの・まさたけ): 勉強家。立教大学社会学部社会学科卒業。金融機関などをへて、現在はコンサルティングファームに勤務。音楽や書籍を紹介するブログ『sekibang 3.0』を主宰。科学史・哲学史に関心がある。




◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。




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