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ルネサンス・バロックのブックガイド

第16回
菊地原洋平『パラケルススと魔術的ルネサンス』

勁草書房BH叢書・2013年・336頁


『パラケルススと魔術的ルネサンス』

「ルネサンス」および「魔術」というキーワードでパラケルススの生涯と思想に迫ろうとする本書は、日本におけるパラケルスス研究のスタンダードとなる力作である。「ルネサンス」という概念で本書が理解するのは、15世紀半ば以降イタリアに勃興した知的潮流、とくにフィレンツェのプラトン主義に代表される異教的な古代思想の復興であり、同時にその異教思想がキリスト教化されていく時代潮流としてのルネサンスである。この時代の思想的な特徴として本書は次のような世界観を提示する。それは、神が創造した全世界すなわち宇宙・自然(マクロコスモス)と人間(ミクロコスモス)とのあいだに「照応関係」または「類似関係」が存在するとみなす世界観であり、またそのような「類比」による関係にもとづいて人間は、自己と世界、そして創造主である神をも正しく理解できるとする認識論である。本書は、全世界を包括するこのような照応と調和にもとづくコスモロジーを「魔術的な世界観」と呼ぶ。

著者はまず第一章でパラケルススの生涯を概観したあと、第二章において彼の植物学・本草学と錬金術とのつながりに着目する。すなわち、前者の有機物の世界と後者が対象とする無機物の世界について、両世界を包括的に認識しようとするパラケルススの実践的な自然学が明らかにされる。さらに第三章において、著者はパラケルススの錬金術的な物質論、つまり、あらゆる物体は「硫黄」・「水銀」・「塩」からなるとする「三原基」の理論を検討しつつ、その伝統性と革新性を指摘する。

つづく第四章から第六章にかけてが、パラケルススの「魔術的な世界観」を詳細に検討する本書のハイライトである。すなわち「天上界と地上界の調和」というテーゼが、彼の中期作品とされる「梅毒論」(第四章)から一連の「予言書」(第五章)にかけて多彩な展開と深化をとげ、さらに晩年の大作『フィロソフィア・サガクス』において完成にいたるまでの壮大な発展過程を描く(第六章)。こうして本書は、初期から後期までの著作をもとにパラケルススの植物学・錬金術・物質論・病因論・ルネサンス的な魔術観を重厚かつ流麗な筆致で描き出しながら、彼の自然観を特徴づける「天空(大宇宙)への関心」の発展の軌跡をたどり、晩年におけるキリスト教的・魔術的なコスモロジーへの昇華と完成という生涯の思索の精髄を再構築してみせるのである。

(村瀬天出夫)


[目次]
プロローグ
第一章 パラケルススの生涯
第二章 本草学的な伝統と錬金術
第三書 物質のメタモルフォーゼ
第四章 グアヤック批判と梅毒論からみる医学思想
第五章 予言書の位置づけ――占星術文化とキリスト教倫理
第六章 ルネサンスの類似の概念と魔術的な空間
エピローグ
補遺 「徴」の理論

パラケルスス『向こう24年の予言』1536年、扉絵
パラケルスス『向こう24年の予言』1536年、扉絵


[執筆者プロフィール]
村瀬天出夫(むらせ・あまでお): ドイツ思想史・宗教史。聖学院大学人文学部特任講師。Paracelsismus und Chiliasmus(ハイデルベルク大学博士論文)、共訳に『原典ルネサンス自然学』(名古屋大学出版会)など。パラケルスス主義を研究。




◉占星術、錬金術、魔術が興隆し、近代科学・哲学が胎動したルネサンス・バロック時代。その知のコスモスを紹介する『ルネサンス・バロックのブックガイド(仮)』の刊行に先立ち、一部を連載にて紹介します。




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